山里のアユの川はシーズンになると朝のうちから釣り人が立ちこんで、釣り竿
の放列ができる。これで一日中釣り続けるのだから、おもえば大変な労働とな
る。アユはうまい魚だけれど、近頃はなかなか手の入らない。
(AIによる)
広々と広がる夏の野原は、犬でなくても気が清々して心地よい。日ごろの鬱憤を晴らす
ように夢中で駆け回る犬は、おそらく日頃相当のストレスをため込んでいるのだろう。AI
が描いたどこにもない景色だけれど、早く梅雨がすっきりと明けてほしい。
(AIによる)
野天風呂は周りが自然に囲まれてとてもいい。ましてや谷川のせせらぎが耳に心地よく、
疲れた心にはなによりのご馳走だろうか。是の究極は山奥の湯の湧く川底を掘って「野湯」
を探すことらしいが、それはまた、若い人たちの特権でもあるかもしれない。
今更「何ごとぞ」ではない。毎年毎年繰り返して、もう10年も経とうとしている。なんとか
ならないものか。異常気象も10年も引き続いていれば、もう異常ではなく平常ではない
のだろうか。その道の要路の人に特に危険個所の調査をし尽して対策を講じてほしい。
増水しただけでは済まない。後の整備が大ごとだ。濡れた家財の棄却、床に溜まったヘ
ドロのかき出し、ボランテアさんだって、毎年では疲れ果てる。強靭な国家も必要だろう
が、強靭な国土もぜひ必要だ。
夏至と冬至とそれから春秋の彼岸は、太陽の運行だから嘘がない。季節は時として大嘘
を出現してテンとしてるからどうも信用ができない。そういうわけで夏至だけれど、これが
どういうわけか人があまり注目しないようである。
北欧やイギリスなどでは盛大に「夏至祭」を祝うそうだが、日本に至ってはみんな知らん
顔で行き過ぎてしまうのではないか。最もこれからだんだん陽が衰えてゆくのだから、景
気のいい話でもなく、7月、8月の大酷暑を控えて、夏至どころじゃないのかもしれない。
(AIによる)
こういう隔絶されたような水溜まりに、彼らはどこから湧き出してくるのだろうか。そして
また、水が干上がって逃げ場がなくなった時、彼らはいったいどこに逃げるのだろう。彼ら
は水溜まりでしか見かけないが、もしかして水なんかなくても平気で活動できる能力を持
っているんだろうか。子供のころからの疑問がまだ解けない。
(AIによる)
蛍はいまどうなっているのだろう、子供の時に田舎で見て以来目にした記憶がない。夏
の夕飯のあと橋の上に寄り集まって、見物をした。儚げな光が幻想的で、なんだかここで
ない世界に引き込まれてゆくよう思えた。集まったついでに暗い夜空を見ながら、話はい
つしか星の話となり、天空を駆ける惑星の話となって、これもまた異次元の世界に引き込
まれてゆくのだった。
ともあれ、蛍は激減したのか絶滅したのか⁉ 我々がこういう事態に追い込んだことで、
なんとも後ろめたい。
まいにち日替わりのように暑くなったり寒くなったりしている。たとえ梅雨期といえど、じ
めじめムシムシと暑いのが普通で、サムイ! というのはあまり経験がない。今年の天候
がおかしいのだろうか、それとも関東地方たけの現象か⁉
いずれにしろ鬱陶しいことで梅雨明けが望まれるが、かといって毎年の殺人的暑さを思
うとこれもまた面白くはない。日本の四季が冬と夏に押し込められて、春と秋が狭くなって
しまい、息苦しい。
(AIによる)
ずっと長い間、田植えは農事の一大事だったことと思う。太鼓や銅鑼で囃し立てつつ、
おごそかに早乙女が田に入って植えてゆく。そんな昔でなくても、田植えは一家眷属が出
揃っての大仕事であった、朝から家中の子供まで動員され、楽しくもまた大忙しの一日で
あったことと思う。
それが今では、出てくるのは父ちゃん独り、あとは田植え機一台、他に誰もいない。そう
して昔は一日かかかった家じゅうの田植も、ひとりと一台で全部済ましている。面白いの
は、事ここに至っても日本では直播ではなくて、苗の植え返しを機械で実現していること。
(AIによる)
いろいろな果物があって、みんな好きだが特に原種に近いワイルドな味のするのがい
い。杏子は生食をした記憶はないが、相当に酸っぱい味のようだ。ところが杏子のジャム
を舐めてみたら、これが実にうまい。酸っぱさも旨く残っていて、杏子の実が実感として舌
に感じるのだ。今杏子の里では、どう加工して食べているのだろうか。
(AIによる)
さくらんぼがたわわの季節になった、けれど容易なことでは我ら庶民の口には入らない。
一粒一粒丁寧に摘み取り、磨き抜かれ桐の箱などに納められて、やんごとなき人々の口に入
るのだろう。そんなら誰がそんなもん食うもんか、アメリカから来たガサツな扱いの安いの
をうんと一杯食うことにしよう。
河鹿の声は遠い昔に聞いたことがあるような気がする。しかしそれがほんとにそうかと言
われれば自信はない。今も山奥の澄んだ川の流れに生きているのだろうか。もう一度あの
鳴き声を聞きたいし、またそういう山奥にも行ってみたい。
(AIによる)
「科学反応は温度が高いほど激烈だ」という説がある。気象が化学反応かどうか知らな
いが、梅雨の初めに九州あたりで大水が出るのが年中行事みたいになった。今までの防
災意識では到底間に合わない、意識の転換が必要になったらしい。
(AIによる)
北海道は今が初夏だろうか、スズランが咲いているに違いない。以前はこのあたりの田
舎道の畑の脇などに時としてこの花が咲いていたが、近ごろ目にしなくなった。いかにも
か弱く繊細そうな花だから、空気の汚染には特に敏感なのかもしれない。
アヤメの類はたくさんあって、はっきり区別がつかない。まず菖蒲がある。香りがいい。
花をつけるのは花菖蒲。カキツバタというのもある。やはり水辺に咲くらしい。シャガがこ
の仲間だとは知らなかった。どこにでもイヤになるほどある。
アヤメの類はしかし、それぞれどことなく奥ゆかしく思われる。日本固有の植物だからだ
ろうか。
いかにも春らしい日々が少なかったように思う。ここへきて、冬に近いような気温が続き
震えていたら、関東はやっと梅雨に入ったそうだ。毎年気象はそれぞれに違っていて、同
じ天候の繰り返しなど、あり得ないようである。ひょっとして、エルニューニョなんたらがど
うかして、冷害にならねばいいが・・・
紫陽花の花にははさまざまな色がある。赤銅色だったり、空の色のような薄い水色だっ
たり、白い色のもある。神奈川、酒匂川の西に小さな開成町がある。そこの田んぼの畔に
アジサイの株が植えてあって、見ごたえがある。
なにも小さな尼寺にこぞって集まらなくてもいいと思う。