(AIによる)
鮮やかな黄色のこの花はよく見かける。
のだけれど、ちっとも注意をひかない。思うに花の形が極めて非凡、6枚の花弁がただ
突き出しているだけで、変わったところはどこにもない。ところがこの花は、漢名を「迎春
花」ともいい、なにやら春の花の代表みたいな、エラク高雅な名前になっている。
と、いうことも全く知らずに、公園などでこの花を眺めてきた。同じころ咲く連翹よりも少
し地味な感じがするので、目の方は連翹に吸い寄せられ、この花をじっくり見たことがな
い。土台が花など優雅に眺めるような人間ではないのだから、まあそんなもんだ。
この世界には、死ぬほどたくさんの花がある。そうしてその一つ一つに名前がついてい
て、ただ単に”はな”といわれるものは一つもない。どうもヒトというのはなににでも名前を
付けたがる動物のようである。こっちのぶっくれ頭ではとても覚えきれないけれど。
日本人はしかし、とんでもない名前を花に付けているのがおかしい。例えば、オオイヌノ
フグリ、ヘクソカズラ、ママコノシリヌグイ・・・どうしてこんな、大声では言いえないような名
前にしたのか、そしてまた、その名が延々と引き継がれてきたのか、よく分からない。
ともあれ、この黄梅は「迎春花」でもある。今度公園などで見かけたときは黄梅ではなく
迎春花であるような顔で見るつもりだ。そうすれば、もしかしてひょっとすると、エラク典雅
で、いかにも春が来たような、そんな風に見えるかもしれない。
さて、「迎春花」があれば「惜春鳥」というのも聞いたことがある。こういう名の鳥が実際
にいるのかどうか知らないが、どもいそうな気がする。しかしネットには大昔の映画のこと
ばかり出てきて、動物の鳥は出てこないようだ。要は、春は惜しむべし、ということか。
今日は春をすっ飛ばして初夏のようだ。