今ごろ蝶がヒラヒラしていていいのかと思う。
ところが居る、ヒラヒラしている、花なんかろくなものがないのに、ちゃあ~んと停まって
食事に余念がない。蝶と言えば春、だとばかり思っていた。ところが野っぱらを歩いてみる
と、ガンガン照りの真夏だろうが、涼風の秋だろうがお構いなくいるのだ。
さすが冬の蝶は尾羽打ち枯れ、満身創痍みたいになっているけれど、蜜を求めて花から
花へ飛び交っている。その姿は真摯で必死のように見え、思わず立ち止まってその姿を
追ってしまう。生きようとする懸命さみたいなものがひしひし迫ってくるようだ。
その季節ごとに活躍する、要するに目立つ、蝶の種類があるのだと思う。だからその季
節ごとに、生まれ育ち、あるいは動物としての義務を果たして死んでゆくのだろう。と、そ
う思うが、その辺りのことはチンプンのカンプンで全く知らない。困ったもんだ!
今からでも少し、昆虫や小鳥やその他生き物の名前を覚えたい気がするが、おそらく覚
えられないだろうナア、という気満々である。なにしろ今まで覚えていた、何がし、かにが
し、瞬く間に脳ミソから消えていく日常なのだ。とても新しいものなど一滴も入るまい。
野っぱら歩きが趣味だから、ほんとはそういうことを死ぬほど知っていていい筈だが、ま
るで知らない。思い出してみると、野っぱら歩きが好きになったのは中年になってからで、
それまでは恐ろしくなんにもしないグダグダ人間だった。
そうして野っぱら歩きを趣味と感じるようになってからも、とにかく遠くまで歩くことが第
一であって、途中の花や蝶や虫などに、1mmも関心を寄せなかった。おそらくそんなこん
なが重なって、かくの如きダメ男が出来上がったのだろう。今となっては遅いよナァ。