ラベル 雑感 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 雑感 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025/07/08

奥山の里に鬼百合派手やかに




 しかしまあ、鬼とはよく名付けたものだ。


 赤鬼を連想させるらしいが、この世で赤鬼を見た人がいるのだろうか。花そのも

のは大きく豪華で綺麗なのに、何もこんな名前を付けなくてもいいだろうに。その

おかげで名前からくるイメージが、実際の花と大いに違う。


 山深き里の夏の日、周りは眠ったように人影がないけれど、家の周りの畑には夏

の花々が生きいきと咲いていた。おいらん花、ヒャクニチソウ、ミソハギ、ツキミ

ソウ・・・どれもこれもが我が世の天下、という顔で咲いている。




 山奥で空気がいいせいか、はたまた畑の栄養がいいせいか、街の畑の花とは勢い

が違う、瑞々しさが違う、ようするに溌剌、生き生きとしている。花が生きいきと

して輝きを放っているような場合を見ることは少ない。


 たいていどこかしら草臥れたような、生気のないような、「わし、もうダメです

ねん、元気出まへんよって、このまま眠らせてもらえんか」なんて顔をしている。

花だって都会の生活はしこたま辛いらしい。




 この日一日、山里の一本道を登ったり下ったりして、花を見、沢の音を聞きなが

ら歩いた。頭の上からじりじりと日が照るけれど、山がすぐそこだから風は爽やか

だ。それにもかかわらず、どこを見ても人がいない。閉じ籠っているのだろうか。


 沢が砂防ダムでせき止められ、滝のように轟々と流れ落ちる場所で、ようやく一

人の釣り人に出会った。釣れるまで見ていてやろうと思ったが、たちまち大きなイ

ワナのような一匹を釣り上げた。


 思わず、こっちから「いえ~ィ、大成功!? 」と声を上げたら、向こうは右手

を大きく上げて、ガッツポーズをした。あんなに簡単に釣れていいものだろうか、

よほどの腕の釣り人なのだろうか。釣りをしたくなってきた。


 山深き里、バンザイ! 




2025/07/04

みちのくに夏始りて大雪渓


 

 遥かな山に残雪が光る。


 梅雨明けの空は茫洋と霞んで、近くの山は淡い藍色に塗り込められ、空と山のあ

わいは定かならず。その先遥かな高みに空に溶け込んだ大連峰がどっかりと腰を据

え、山肌の残雪が眩しく光った。陸奥の遅い夏が始まる。


 地上が35℃だと騒いでいるというのに、こともあろうに、雪がまだ残っていると

は思わなかった。仰ぎ見て、あの雪渓に寝転んでみたら、どんなにか涼しいだろう

と思う。なんだったら、あの雪でアイスを作って食ってみてもいい。



 大昔の若かったころ、連休に八ヶ岳に登ったことがあった。やはり雪渓が残って

いて、その中でラーメンを煮て食った。ひやひやと涼しい空気に包まれた、あつあ

つのラーメンがことのほかであった。


 ところがその後、蟻の道のような細い峰々を越えてゆくのに、本物の肝を冷やし

た。ウソ冷たい冷汗が背中を伝い、足はがくがく震え、生きた心地がしない。もう

あんな思いは一度きりで沢山だ、とつくづく思った。



 以来、雪渓が残るような山には近づかない。我が帰し方は苦から逃げるをモット

ーとす。だから今仰ぎ見るあの高いの雪渓でアイスを食いたいと思うけれど、そ

こまで登る苦は勘弁願いたい。死ぬ積りならなんとかなりそうだが、まだ死ぬたく

もなし。


 それにもかかわらず人は山に登る。それもより高く、より困難な道をたどる。そ

の苦に立ち向かうさまは、想像さえできない。もしかしてひょっとすると、これは

ホモサピエンスに宿命づけられた運命なのかもしれないが、蒙御免。


 山は仰ぎ見るものだと信ずる。




2025/06/20

明日はまたどの田の水か根無し草


 


 植物は一か所に根を張るはずだ。


 が、しかし何ごとにも例外あり、根無し草というものがある。いや、これにも根

はある。2ミリほどの小さな根で、これでもって田んぼに根を下ろそうとは夢にも

考えていないらしい。だから水の流れ次第、流れ流れてどこへ行くか知れない。


 今頃の時期、田んぼにこの草がゴマンと漂っている。彼らはどこへ行ってどう生

きるのか全く計画性がないから、とにかく大繁殖し、数で何とかしようと思ってい

るに違いない。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、そのものだ。



 というように、彼らの計画性の無さを、せせら笑う資格はないように思われてき

た。暮夜、密かに考えるところ、遠い田舎から出て以来、まるで根無し草のように

東京近辺でふらふらと住んできた。安く住めるところならどこでもよかった。


 職業こそ、なんとか食えるだけの安給料にしがみついてきたものの、住むところ

は点々移り変わって、定住する気がまったくなかったように思う。だんだん年を取

って来て、やむなく原住地に居を定めはしたが、別にここである必要はなにもな

い。相変わらず安く住めるならどこだっていいのである。



 この計画性のなさ、意志の欠如について、言い訳にもならない言い訳を考え

る。・・・元来、サピエンスという生き物は、遠くアフリカを出て以来、休むこと

なく絶えることなく、移動に移動を重ねてきた。


 それはまるで根無し草のような浮動であり、行く先にあても目的も計画性もな

く、ただ闇雲に先へ先へと歩き続けた。これはもしかしてひょっとすると、サピエ

スに運命づけられた宿命ではないだろうか。どうもそんな気がする。


 我もまたサピエンスの端くれ、十分説明がつく。




訪問記録