冬桜が咲いているのを偶然見つけた。
なんでまあこんな時期に! と思ったけれど、うっかりとは言え咲いてしまったからには
全部の枝に花をつけるらしい。なかんずく、花びらがほんのりと紅く色づいているのもあ
り、これはこれで開花という全責任を全うするらしく思われた。
早春を思わせるような小春の陽が明るく降り注ぎ、桜でなくてもうっかり間違えそうな陽
気なのだから、まあ、こういうこともあり得るのかなあと思ってもみるが、しかしいくらなん
でも桜はやり過ぎのような気がする。「冬桜」なんて言う言葉までできている。
桜に限ったわけでもなく、ツツジなども変てこりんな時期に花を咲かせたりするものがあ
る。しかし今まで見た限り、ほんの一部の枝に、ほんの少しだけ咲かせてしまった、という
状態だったので、なにかうっかり間違ってしまったことを恥じているようでもあった。
どうして植物はこういう「つい、うっかり」をしてしまうのだろうか? 例によって「どたん
場検索」すると、植物の開花は、日の長さ、気温などに大きく影響されるものらしい。そん
なもん、照る日曇る日で変わるだろうし、気温など毎日変わる。
要するに日の長さや気温など、決してアテにできない要素であり、そのちっともアテにで
きないものに左右されるわけだから、そりゃあ、うっかり間違えるのもやむを得ない、と思
う。これまでは「今頃咲いて、バッカじゃねえの」なんて言っていたのは、全面取り消しだ。
しかし帰り花と言うのはそういうわけもあって、かわいそうなほど意気消沈して咲いて
いるものが多い。威風堂々胸を張って、というものはまず見かけない。「へい、すんませ
ん、こんな時に、こんなところでうっかり咲いてしまって・・・」と平謝りしている。
こんど見付けたら元気づけてやろうと思う。「なんのなんの、花のない時期にうっかりと
は言え、わざわざ咲いてもらってタイギなことです。おかげで楽しい気分になります。寒い
時期に本番の春を思い描くことができます。どうか卑下なさらずに・・・」
こっちもシオタレテはいられないゾ。