なんだか今年はいきなり寒くなった。
この調子だと来月は早々冬の到来かなア。恐ろしいほど暑い夏がいつまでも居座った
から、天高く空すがしき、晴ればれの秋の日がほとんどなかったように思う。夏にぐいぐい
押し込められ、しかしすぐ先には頑として冬が控えている、そんな気がする。
この分だと日本という国はだんだん二期の国になっちまうんだろうか。恐ろしき夏と頑固
な冬が幅を利かせ、その合間に春と秋がほんのちょっぴりになっちまうのだろうか。それは
困る、大いに困惑する、なんて言ったって日本は四季の国だったはずではないか⁉
古来より連綿として四季があったればこそ、繊細な情緒が育まれ、それが文化となって
定着してきたのではなかったのか? 四季の訪れを迎え送りつつ、自然に寄り添いながら
それを愛で、あるいは恐れ、そうしてこころを育んできたのだはなかったのか。
それがいきなり、「ハイ これからはもう四季はなく、二期だからね」と言われたって、どう
しようもないではないか。一番いい季節の春と秋が、ほんのちょっぴりだけ、となれば、春
の喜びも、秋のもの哀しさも、どこかへすっ飛んでいってしまうではないか。
まあ、そんな極端にはならんと思うけれど、それは謂われなき杞憂に過ぎないのだろう
けれど、更にそんなことを考えてもまるっきり無駄というものだろうけれど、どうも暇だとそ
んなこともプカリプカリと頭に浮かぶうたかたとなってしまう。困ったもんだ。
そんなことよりも、空高き秋が短いならば、その短い日々をどう送るかが肝心だ。たまた
ま晴れて気持ちの良い日があれば、スワっと言って遊びに出かける。なにしろ遊ぶことが
人間にとっては極めて重要だ。せっかく晴れて空が青いではないか。
一緒に遊べば平和になる。