2026/02/28

山茱萸の綻びそうに古関あと

 



 山茱萸の丸い蕾が今にも咲きだしそうだ。


 もうすぐ、硬そうな殻が破れて、中から目が覚めるような黄色の、小さな星屑が爆発して

飛び散ったような、不思議な花を咲かせるのだろうと思う。花はごく小さく、一つの塊とな

っているうえに、蕊やらなにやらが飛び出していて、とても老眼でははっきりしない。


 似たような花に、マンサクという、なにやら木こりの与作みたいな名前の花もある。こっち

硬い蕾が開くと、中からごく小さい紙テープのような花びらが出てくる。これが花びらだ

とすると、およそ花びらだという概念が、もろくも崩れそうなってしまう。



 木に咲く花というのを、梅、桃、桜を唯一思い浮かべる単細胞だから、山茱萸もマンサク

どんも、自分から見れば一様に奇天烈な花に見える。そしてこれらの花は、そうそうどこに

でも植えてあるものじゃなく、めったに目にしないから見ればよけいにぎょっとする。


 しかし、これらがどちらも早春の花であり、どちらも黄色であることがなにやら不思議

だ。春もまだ寒いころに咲く花は、おおむね黄色なのは何か理由があるのだろうか。例え

ば、菜の花、連翹、蝋梅、ミツマタ、トサミズキ・・・気のせいか黄色い花が多いようだ。



 というふうに、植物がなにか目的に向かって形や色を変える、と考えるのは恐らく間違

いなのだろう。ホントのところは、な~~んも考えちゃいない、み~~んな、たまたまの偶

然の結果なのではなかろうか。この世はもしかして偶然に満ちている⁇


 たまたま偶然に色や形が変わってみたら、それが生き延びるのに案外都合がよかった、

などであれば、その形や色が残っていくのだろうと思う。恐らくそういう偶然の積み重ね

で生物は今日の有様なのだろう。当てにならない偶然、たまたま。それでいいのだ。






2026/02/27

削られて雪崩の跡や越の山

 



 早春の山上湖はいかにも寒々しい。


 よく見ると、どの山も荒々しく鉞で削ったような山肌が露出している。これはうず高く積

もった雪が、気温が緩んで一気に雪崩れる際に山肌を削ってしまうのだそうだ。どの山も

ほぼ垂直に削り取られて、痛々しくそして荒々しい姿をさらしている。


 佇んで見ていると、山肌の筋のような残雪が一層寒々しい。気温が低いのは勿論だけ

れど、鈍色の冷たそうな水と、削り取られた山肌と、そして遠くの山の残雪が、惻々とした

寂しさを湧き上がらせる。湖の果てはもう越後の山である。



 冬の天気予報を見ていると、新潟は連日連夜、雪マークがずらりずらりと並んでいる。

こんなに降ってどうするんだというほどだが、日本海に面した平野のあたりはあまり積も

らず、内陸部の六日町、十日町あたりがものすごいのだそうだ。


 たぶんそ、ういうもの凄い積雪地の山は、やっぱり雪崩に削られてしまうのだろうかと思

うが、新潟県の全部の山がこんな風になるわけではないようだ。新潟は雪も凄いが、梅雨

時の雨もまた、連日連夜だというイメージがある。まあ、水が豊かだということだろうか。



 新潟は大好きなところだ。「清」の笹飴じゃないけれど、笹団子が大好物だし、なにやら

海藻を練り込んだ蕎麦も旨い。あまり呑めないが越乃寒梅はじめ、旨い地酒がそろって

いるようだし、酒が旨ければ、その肴としての料理も天下一品に違いない。


 何度も彼の地を訪れたわけじゃないけれど、暮らしている人々がなんとなく落ち着いて

いて、どこかゆったりしているように感じる。特に新潟は、三面川に鮭が上ったり、国上山

で良寛が蹴鞠を突いたりのイメージがあり、のどかな風景を思い描くのかもしれない。


 また行きたいなあ。




2026/02/26

音立てて郡上流れる春の水

 



 郡上八幡の街中はいたるところ綺麗な水が流れる。


 なにしろ水が豊富な街であるらしい。地図を見ると有名な長良川に吉田川という川が合

流し、そこに郡上八幡の街が開けている。河川の合流点だからだろうか、街中に水路がめ

ぐらされ、どの水路も爽やかな水音を響かせて滔々と流れている。


 夏になると子供たちが川面をめがけて身をひるがえす学校橋は、吉田川にかかってい

る。覗いてみると青い水が小さな渦を巻きながら流れている。川べりにゴツゴツと岩が突

きだして、狭い水面めがけて身を踊らせるのは、いささか勇気がいるだろうと思う。



 吉田川の北側、長良川沿いに古い街並みが残っている。江戸時代の宿場町のように、

狭い通りにびっしりと軒を連ねて、小さなお土産屋さんなどが並んでいる。家と家の間に

隙間がなく、奈良井の宿を思い起こさせた。突き当りに堂々たるお寺が見えている。


 しかし街の中はどこも静かで、観光客の姿も見かけない。いまがまだ春の初めで、シー

ズンではないからなのかもしれないが、黒いトタン屋根の簡素な駅舎にも、その小さい駅

前広場にも人影がなく、春の長閑な光の中で、森閑と静まり返っている。



 その古い街並みがある東側にこんもりした森があり、四層白亜の天守が聳えている。つ

づら折れの道をを登ると、天守の正面に出て見上げる。狭い階段の脇に立って見おろす

と、城下の屋根が山の隙間に並んで、その中を長良川がうねるように流れている。


 郡上八幡の城主、青山氏の江戸屋敷があったあたりが、青山という地名となって現在に

残っているという。また、「郡上踊り」という盆踊りが有名だが、その切々たる哀調を帯び

た調べが、毎夜々々周りを囲んだ山影の、虚空に立ちのぼってゆくのだろうと思う。




2026/02/25

茅葺の大屋根出でて残る雪

 



 春ともなれば屋根の雪が消え、しかし野山に雪が残る。


 雪が消えたばかりの朝の空気はピンと張りつめて、きりきりと頬に痛い。山はまだ真っ白

な雪が覆っているし、平地もそこここに残雪の山が築かれている。目に映る景色はどれも

寒々しいが、けれど早春の気配もどこかにあって、気持ちはなんだか暖かい。


 雪が消えたばかりでどこにもまだ春の気配は感じられないが、しかし田んぼの畔のあた

りに微かに緑の色がさしている。雪の下で芽を伸ばし、今かいまかと待ち構えていた草の

喜びの姿なのかもしれない。人々も3人、5人残雪の庭に出てなにやらお喋りに夢中。



 雪解けにイの一番に姿を現す蕗の薹は、田んぼの畔にはまだ見えないけれど、どこか日

当たりのいい川辺には、もうあの輝くばかりの緑を乗せた頭を、出しているのかもしれな

い。あとで探してみようと思う。川面の水は雪解けを流して、少し笹濁りだろう。


 雪が解けた田んぼには、去年の刈入れの株が黒くにょっきりと頭をもたげ、傍の小川に

はきれいに澄んだ水がちょろちょろと流れる。向かいに見える巨大な茅葺はすっかり全身

を露わにして、雨戸を開け放たれた向こうの、白い障子が眩しいようだ。



 雪が解けたばかりの今、この里の景色を見て、花に埋め尽くされた光景を想像するのは

難しい。しかしもう間もなく、野は緑に覆われ、梅が咲き、桃が咲き、桜や木蓮、辛夷もみ

~んな同時に咲いて、日が煌めき、温かい風が通り抜けてゆくことだろうと思う。


 それは、長い間雪に閉じ込められる地方の、またとない喜びであるはずだし、あらゆる

命が蘇るような生気にあふれる喜びであるのだろう。そういう喜びは、ただその辺りに転

がっているわけではなく、ヒトが見つけ出し、掘起こして感じるものなのかもしれない。




2026/02/24

上水の流れ煌めき春陽ざし

 



 本物の春のように温かったので、羽村の堰から玉川上水を下る。


 水ぬるむ春、とはいかないまでも、上水の流れが陽ざしを照り返してきらきらとはしゃい

でいるように見えた。ただ岸辺はまだ冬枯れに染まっていて、緑なすハコベも下草も何も

なかったが、頬を過ぎる風はそよらと吹いて、とても気分がよい。


 玉川上水は江戸時代に開削されたことは誰でも知っている。そして羽村の堰から四谷

大木戸までその距離43㎞だが、高低差がなんと93mしかない、ということに誰もが驚く。

平均勾配が100mにつき、たった21cmしかない、測量器具などない時代、驚きべきだ。



 上水が滔々と流れる脇に砂利の遊歩道が付いている。桜の並木があり、その時期には

墨堤も顔負け、というような花の堤になるらしい。そんな道を500mほど下ると、又も堰で

流れが止められ、流れてきたほとんどの水がゲートを通って地下に吸い込まれてい行く。


 ここから約8㎞離れた村山貯水池へ、地下水路で送られている。そのゲートのあたりを

凝視するとなにやらゴーゴーとした水音が聞こえるようだ。この堰を過ぎると上水は浅く

小さな流れに変わって、川幅も狭くなり、まるで別人のようにおとなしくなっている。



 川岸に大きなお寺があって、本堂も庫裏もどっしりと静まり、睥睨するように聳えてい

る。境内の端っこに梅が満開になっていたので、梅見を兼ねて休憩する。なにか巨大なも

のに抱かれているような思いがした。背中から梅の香りが微かに漂ってくる。


 隣が造り酒屋になっているので覗いてみた。白壁の蔵が並び庇に大きな杉玉が揺れて

いた。土の上はどこもきれいに掃き清められ、清々しい。裏門に廻ってみたら、梅林があっ

てこれもまた満開、白梅、紅梅、薄紅、様々に咲き競い、むせ返るような感じがする。



 上水の脇の遊歩道はここで途切れ、代わりに奥多摩街道が寄り添ってきた。それも終わ

ると、流れは住宅の裏に入って見えなくなった。そして青梅線拝島駅のあたりで再び現

れ、その先はもう、上水の両側に遊歩道が付けられていて、づっと続いている。


 続いているけれど、いささか草臥れたらしい。少し歩いて、梅の花が満開の小さな公

園に休憩して、今日はここまでにしようと思った。まだ日も高いし、そよ風も吹いているの

だけれど、これからまだまだ歩く春の日もあるから、ここから電車で帰ることにした。


 いい一日だったように思う。




2026/02/23

人の見ぬ軒にひっそり黄梅花

 

                                (AIによる)

 鮮やかな黄色のこの花はよく見かける。


 のだけれど、ちっとも注意をひかない。思うに花の形が極めて非凡、6枚の花弁がただ

突き出しているだけで、変わったところはどこにもない。ところがこの花は、漢名を「迎春

花」ともいい、なにやら春の花の代表みたいな、エラク高雅な名前になっている。


 と、いうことも全く知らずに、公園などでこの花を眺めてきた。同じころ咲く連翹よりも少

し地味な感じがするので、目の方は連翹に吸い寄せられ、この花をじっくり見たことがな

い。土台が花など優雅に眺めるような人間ではないのだから、まあそんなもんだ。



 この世界には、死ぬほどたくさんの花がある。そうしてその一つ一つに名前がついてい

て、ただ単に”はな”といわれるものは一つもない。どうもヒトというのはなににでも名前を

付けたがる動物のようである。こっちのぶっくれ頭ではとても覚えきれないけれど。


 日本人はしかし、とんでもない名前を花に付けているのがおかしい。例えば、オオイヌノ

フグリ、ヘクソカズラ、ママコノシリヌグイ・・・どうしてこんな、大声では言いえないような名

前にしたのか、そしてまた、その名が延々と引き継がれてきたのか、よく分からない。



 ともあれ、この黄梅は「迎春花」でもある。今度公園などで見かけたときは黄梅ではなく

迎春花であるような顔で見るつもりだ。そうすれば、もしかしてひょっとすると、エラク典雅

で、いかにも春が来たような、そんな風に見えるかもしれない。


 さて、「迎春花」があれば「惜春鳥」というのも聞いたことがある。こういう名の鳥が実際

にいるのかどうか知らないが、どもいそうな気がする。しかしネットには大昔の映画のこと

ばかり出てきて、動物の鳥は出てこないようだ。要は、春は惜しむべし、ということか。


 今日は春をすっ飛ばして初夏のようだ。




2026/02/21

阿蘇全山空を焦がして野焼きかな

 



 表題の句を入力してAIさんにお願いしたら、こんな絵が出てきた。


 なんとも物凄いような絵であって、阿蘇がこんなことになったら大ごとだが、まあせっか

くAIさんが知恵を絞ってくれたのだろうから、誇張はあるだろうけれどこのままにしておこ

うと思う。悪いのはこちら側の句の方であって、決してAIさんが悪いわけではない。


 ネットなどで見ると、ほんとの山焼きはもっともっと抑制され、しっかり管理されて実施さ

れ続けられているらしい。しかしこれも、全国おなじみ老齢化とかで、素人のボランテアさ

んがどうにか実施しているというから、どこでも伝統を守るのは大変だ。



 野焼きや山焼きをするのは、もっぱら草原の生態系を維持するためであって、何も伝統

だからとか、面白いからとかで行われているのではないのは言うまでもない。草原は放っ

て置くと森林になってしまい、阿蘇の草原は明治時の半分になってしまったそうだ。


 草原の生態系は貴重なもので、保水力も森林より優れ、生物の多様性が維持され、炭

素を多く地中に取り入れて温暖化に貢献する、と言われている。このことに共鳴して、110

0名のボランテアさんが、講習を受けて野焼きに参加しているそうだ。エライなあ!



 しかし一方ではまた、怒涛のような時代の流れみたいなものがあって、何もかもを巻き

込んで止めようもない気もする。過疎の地は山谷に戻り、草原は森林となってものみな自

然に帰ってゆく。人影ない自然はひたすら不気味だが、仕方ないことかも知れない。


 しかし遠い将来にそうなったとしても、それでもヒトは生き続け文化を残してゆくのだろ

うと思う。ヒトという生き物が絶滅しない限り、この地球上には希望があるような気がする

けれど、もし絶滅するとすれば、ヒトがヒトを絶滅させるのだろうか⁉




2026/02/20

仏の座咲くも野道の冴え返る

 



 まだまだ寒いというのに仏の座が咲いている。


 散歩のとき脇を通った畑にわぁ~と咲きだしていて、まるで蓮華畑のようだ。この花は

華奢で繊細な形をしているが、うんと寒い時期に好んで咲き始める。だから先駆けともい

うべき花だが、温かくなるころには最盛期を過ぎて、そしてどこかに消えてしまう。


 似たような早春に咲く「犬ふぐり」がある。この二つの花を見れば、まだ寒の内だという

のに、春が近づいたなあ、と思う。今の時期はちょうど春が行きつ戻りつ、足踏み躊躇して

いる時期だろうけれど、そんなことにお構いなく、この二つの花はぐんぐん咲いている。



 日本のように四季の違いがわりあい明瞭な地域は、その都度楽しみが生まれる。なんの

花が咲いたの散ったの、葉っぱの緑が濃くなったの薄くなったの、その都度騒いだり、見

に出かけたりしていられる。これはもしかすると、素晴らしいことなのかもしれない。


 世界はもちろん、こんな地域ばかりではない筈だ。年がら年中、ほぼ夏ばっかり、あるい

は冬ばっかり、という地域だってあるだろうと思う。そういう地域では、春夏秋冬、ほぼ平

らで変化なく、冬の憂愁もなく、春の狂騒もなく季節の違いを騒ぎ立てようがない。



 世界はそれほど違っているのだろうが、まるで想像もできない。加えて海を渡った経験

もなく、その地域ちいきに住む人々が、どんな気持ちで毎日を送っているのだろうかも、

一滴たりとも窺い知れない。この世に生まれたけれど、それも知らずにかわいそうだ。


 それはともかく、比較的明瞭な四季(梅雨を入れて5季? )があって、それぞれの季節

が移り変わるごとに、花や草や木が替わりゆくのは、ひょっとして幸せなことなのかもしれ

ない。そこにちっとも気づかず、寒い暑いの文句のみ言ってると、罰が当たるかもナア・・・




2026/02/19

室内は早ばや咲いて君子蘭

 



 暖かい室内では君子蘭が早く咲く。


 幅広の葉っぱは、ふてぶてしいが花は意外に繊細な形をしている。小型の百合のような

形で、外側が目の覚めるように鮮やかな橙色、中の方が少し黄色がかっている。中から突

き出した蕊がはっきりしていて、それが繊細さを感じさせるようだ。


 ところがこの植物は、意外や丈夫一点張りらしい。手入れを怠り放っぽらかしにしてもな

かなかダメにはならない。そのうえ、やたらと増える。茎の脇から芽が出て、あれよ! と

いう間に大きくなってしまい、そうして何ごともなかったように花を咲かせる。



 たった一株がどしどし増えて、狭い室内に収まらなくなってきた。捨ててしまうのも忍び

ないから土の上に出してみた。冬の間は、寒冷紗で覆い根元をわらなどで保温する。よほ

どの朝の低温か又は大雪でも降らなければ、元気に越冬し彼岸のころ花を咲かせる。


 そんなことを数年続けてみたが、それも面倒になってきて土に植えたものはすべて処分

することとした。なにしろいつも元気いっぱいだし、やたら増えるし、面倒など見なくてもド

カドカ育つから、ついつい手抜きもし、面倒くさくもなって処分してしまった。



 それでも未練がましく一鉢、二鉢を残して、冬近くなると室内に取り込み、温かくなると

表にブン出している。この方式だと手間いらずの簡単で、毎年春と冬に表に出したり部屋

に入れたりするだけで済む。なにもかもが面倒くさく感じるお年頃、ちょうどいい。


 そうしたらどういうわけか、決まった時期に決まったように花が咲かなくなった。どうも、

あまりにも粗雑に扱ったから、ぷんすか怒っているらしい。であっても、扱いを丁寧にする

気はもうない。よもや花が咲かなければ、そんなものかと言って澄ましていることにした。


 それにしても君子蘭だなんて、偉そうな名前だなあ!




2026/02/18

雪解けや里すがすがし白川郷

 



 雪解けのころ白川郷を訪れた。


 この日は春らしい温かさで、雪がしんしんと降り積もる合掌造りのイメージがあまり湧か

なかったけれど、浅い春の空気はどこかピンと張りつめていた。集落の向こうの端の方か

ら、細い小道を歩くと、合掌造りの大屋根はどれもたくましく、堂々としている。


 家々の脇や田んぼにまだ雪の塊が残っていて、それだけ見るといかにも寒々しい感じ

だが、もう春の気温になっている。道端や畔にもわずかながら青みがさして、ともすれば

一斉にすごい力で芽吹くべく待機している。小高い丘に登って集落を見下ろした。



 周りを囲む山肌には、まだ深そうな雪が見えた。山は依然として冬だが、一足先がけて

里に春が来たのかもしれない。そういえば、里中には地元の人の姿は少ないが、それでも

家の前で二、三人が井戸端会議中で、その誰もが明るい表情を見せている。


 小高い丘から降りて。帰り道は別なルートを歩く。くしくも屋根の吹き替えをしている

家があった。片側はもう先に済んでいるらしく、別な片面に巨大な梯子を渡して、5,6人

の職人さんが手際よく作業している。案外に少人数だったので意外に思った。



 雪解けの白川郷にそれなりに感動したが、帰りの道々思った。観光地はそのもっとも見

ごたえのある時期に訪れなければならないのではないか。ここの白川郷であれば、やはり

冬真っただ中の、合掌屋根にしんしんと雪降り積もるを見るべきであり、雪解けなどと言

う半端な時期では、その地の魅力が十分わからないのではないだろうか。


 しかし、それはふと思い立ってできることではない。無慮1年も前から宿を予約し、電車

やバスも予約し、そうして大ごとのように出かけねば、その見ごたえある景色は見られな

いことになっている。それはもう、無精者にとっては思うだに大ごとであり、とても無理だ。


 観光地、遠くに有りて思うもの。




2026/02/17

大宇宙ぎんがの如き犬ふぐり

 



 まるで春の陽気になると聞いて川っぷちを歩いてみた。


 河川敷の草野球場で少年たちが走り回っている。どの子ももう半袖で、未だダウンなど

着ているこっちがなんだか恥ずかしい。河川敷は広々と枯芝が広がって、向こうでもこっ

ちでも少年野球が真っ盛り、何れも真剣そのものの表情。ダウンを脱いで暫し見学。


 河川敷の地面の一角が、日当たりがいいのだろうか、緑が芽生えて犬ふぐりが群生して

いる。この青く輝く花を見ると、いつもながら大宇宙に広がる無数の銀河のように見えて

仕方がない。暗い虚空(地面だが)をバックにして、星々の大集団が浮かんでいる。



 川っぷちに沿って作られた遊歩道を上流に向かって歩く。川と言っても本流ではなく小

さい支流だから、向こう岸の桜の並木もよく見える。こっち側の岸辺は左手が崖になっ

て、瑞々しいアオキが生え、枝先に花芽なのか葉っぱ芽なのか、芽吹き始めている。


 崖から水が湧き出しているらしく、細い流れにってそこらの地面に、目の覚めるような鮮

やかな緑のクレソンが生えている。お婆さんが腰を屈め小さいハサミで摘み取っていた。

今晩の食卓には、ひりひりと爽やかに辛い大量のサラダが供されることだろう。



 温かい日ざしのせいなのかどうか、水鳥が川面に出ていた。マガモの雄がきらきらする

ような金属光沢の羽をさらしているし、アオサギが傲然たる態度で水に立ちこんでいる。

別のところには、カワウが二羽仲良く石の上に突っ立って羽を乾かしていた。


 もちろん子供たちもいっぱい遊びに出ていて、そこいらの川岸で目にした。男の子も女

の子も、いつでもどこでも、元気いっぱいに跳ねまわっている。きっと本格的な春になっ

たら、わらわらと家から抜け出して、そこらじゅう子供で一杯になるだろう。


 あるきはじめた みいちゃんが・・・おんもへ出たいと 待っている” 


 


2026/02/14

陽差しさす野を貫いて雪解川




 気付かないうちに陽ざしが強くなったように思う。


 雪国の野や山はまだまだ残雪がいっぱいだろうけれど、この日ざしで少し雪解けが始ま

っているのではないか。北海道の雪まつりや流氷祭りも終了したようだし、冬から春に移

行しつつあるのは間違いない。今の時期は冬と春の、ほんとの境目なんだろう。


 雪代で少し濁った、というより乳白色になった川が流れるのは、もう少し先なのかもしれ

ないが、そうなれば野山は一気に春の装い、刻々と過ぎてゆく時間を、ぼんやり眺めてい

るうちに、いつの間にかそういうことになって、また一つの季節が過ぎてゆく。



 雪国の雪解けの嬉しさは、まあなんとなく想像できる。なにしろ世界が一変してしまうの

だ。今まで毎日暗い空の下で、降る雪におののき、吹雪に籠り、ひたすら忍従を余儀なく

されていたのが、雪が消えるとまるで世界が変わったように、一変する。


 空が晴れて陽ざしは煌めき、風が温かくなり、久しぶりに野山の土が現れて、ふと気づ

いてみれば、裸木の先にほんのりと若芽が芽吹き、梅も桜も木蓮も、みんな一緒くたに咲

き誇って、もう身の周り中が明るい色彩に満ち溢れてしまうのだ。



 これにひきかえ、暖地の雪解け(雪がない? )時期はどんな感じなのか。今住んでいる

場所が暖地だとすれば、なんだかダラダラと春になる。確かに陽ざしが変わるのは実感で

きるし、気温や風が温かくなるのも実感できる。緑が萌えだすのも目に見える。


 しかし肝心の世界が一変してしまう、というようなことは起こらない。季節の区切りが劇

的に訪れるのではなく、緩やかにうねるように変わってゆく感じがする。だから春の喜びも

また、狂喜乱舞する(実際はしないけど)ようなものではなく、ま、おとなしい喜びとなる。


 温かい日と寒い日の日替わり定食。




2026/02/13

水鳥も水に入らぬ春寒し

 



 去年の気候は覚えていないが、毎年よ、立春過ぎて寒いのは、だったように思う。


 そうすると、毎年々々同じ思いに煩わされながら、その日その日を送っているらしいこと

になる。去年もこうだったし、今年もまたこうだ、ということとなり、少しも進歩というものが

ないような気がする。これをまあ、ん十年も続けてきたのかと思うとうんざりする。


 かと言って、こういう些末を離れ超然として日々を送る、ということはできそうもない。

日々の晴雨、寒暖に心を執られ、嘆いたり呻いたり、まるっきり支配されながら、どうにか

過ごしているこの身である。これからもそうするしかなさそうだから、そうする。



 それはさておき、ここのカルガモだが、確か初夏のころ街中から引っ越してきて、この水

辺に落ち着いた一族であるらしい。街中の市民会館の庭の小さな池で生まれ、母親に引

き連れられて延々2㎞あまり、安住の地を得たらしい、とテレビ報道を見た気がする。


 その時、なにも街中の喧騒で卵を産まなくとも、最初からこの近くで過ごしたらいいだろ

うに、とそう思った。まあ、カルガモにもいろいろ都合があってそうするのだろうし、そうし

た方が生きながらえるのだろうと思う。なにしろ動物の生はうまくできているはずだ。



 ともあれ、生命体が生き延び世代を繋げてゆく仕組みは、驚異であって、これほど不思

議に思われることはない。殊に細胞や遺伝子の振る舞いとその仕組みは、神というものが

存在して、そしてその神が設計したとしか思われないほど、合目的的である。


 ましてや、一個の目に見えない生命体が連綿と続いて、いま地上をにぎわしている動植

物になった、などとても信じることさえできない。それもみな今いる環境に適応した結果、

と教えられ、もしかして暑いの寒いのぐずぐず言っているというのも、これは生き物として

運命なのかもしれない、などと思ってみたりするのだ。


 しかし今日はなんだか温かい。




2026/02/11

あえかにも暫らく咲けよクロッカス

 



 早春の花はどれも儚げだ。


 まだ寒い中を大変なエネルギーを使って咲くからだろうか、その花はいつの間にかすっ

と消えて、あとに何も残っていないように思われる。例えば、セツブンソウ、カタクリ、フクジ

ュソウ・・・「や、咲いたな」、と思ううちにもう姿が見えない。あとに葉っぱも残らない。


 この手の早春の花を、スプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)と言うそうだ。

やや! またしても英語らしき言葉、分からないから、いちいちネットさんに聞くしかない。

(ここは日本だぞう! いい加減にしてくれ! )、なんて言うのは外に誰もいないが・・・



 これを日本語に訳すと「春の儚い命」となるだそうだが、日本語にすれば「春の無常」でい

いような気もする。なにしろ日本では「儚い」とか「無常」とかは得意だ。春の命が儚いかど

うか、春だろうが秋だろうが、命は昔から儚いものであって、春に限ったことではない。


 Spring ephemeral は英語らしいから、イギリスではことのほか「春の儚い命」なる

現象が印象深いのだろうか。日本人が秋の枯葉が散るのを見て、深々と世の無常を思

ように、イギリス人はクロッカスなどを見て、世の無常を思い知るのだろうか。



 それはさておき、早春のこういう花はすぐ消えてしまうから、それを見るこっちは春にな

ると、なんとなく気ぜわしいような、忙しいような、そういう気持ちがするのだろうか。今年

は一つ、こういう気ぜわしい気持ちを抑えて、泰然自若、何ごともゆったりと構えたい。 


 暑かろうが寒かろうが、花が咲こうが散ろうが、雨が降ろうが晴れようが、目の端っこで

ちらりとそれを見るだけにして、嬉しくもなく、寂しくもなく、楽しいような、そうでもないよ

うな、そういう顔をして時間を流したいと思う。ひょっとしてこれができれば、悟りだナ。




2026/02/10

山陰にみどり目を射す蕗の薹




 蕗の薹に異常な愛着を持っている。


 なんと言うこともない、どこにでも萌え出してくる、単なる草の芽なのだが、自分にはそ

のような、単なる草の芽であるとは、どうしても思うことができない。言ってみれば、これを

見たら春という抽象が、一気呵成にこの身に押し寄せてくるように感じる。


 雪積る山里で育った。野山を厚く覆っていた雪が、3月ともなればさすがに溶けてきて、

田畑の畔や山道の、懐かしき土がむき出しになる。そうすると、間に髪を入れず、鮮やか

な緑の葉っぱに包まれた、ころんとしたこの蕗の薹が、あっちにもこっちにも芽を出す。



 それは単に草の芽が出たのではない。閉じ込められていた長い冬の終わり、春になった

解放感、これから展開するであろう緑と花の季節への大いなる期待・・・そういった様々な

感情が蕗の薹を見た途端に、胸に湧き上がってきてはちきれそうになるのだった。


 こういう変てこりんな感情を抱くのは、ひょっとして自分ばかりなのかどうか知らないが、

ともかく嬉しくなって、やたらに興奮する。その勢いが余って、手を泥だらけにして、この蕗

の薹を毟り取り、嬉々として持ち帰って、そそくさと天婦羅にして頬ばるのだった。



 今でも野っぱらの畑の畔に、これが芽を出しているのを見れば、心臓が早くなりハカハ

カし出し、手を伸ばして摘み取りたい衝動にかられる。しかしそれは注意しなければなら

ない。もしかすると、その芽は畑の持主が大事に育てているのかもしれないのだ。


 もう一つ、摘み取りたい衝動を抑えるものがある。以前、野っぱらのもの、例えば蕗の

薹、野蒜、ツクシなどを摘んで、嬉々として帰ったのだが、敵は「こんな面倒なモノを! 

(怒)」と言って料ってくれなかった。以来、野っぱらのものを持ち帰ることはない。


 「やはり野に置け蕗の薹」なのだ。




2026/02/09

かまくらや散らつく雪にほの明かり

  

                                (AIによる)



 かまくらの横手に行ったことがあるが、雪の季節ではない。


 市内に入って最初に観光会館みたいな建物に行き、そこで巨大なかまくらの写真を見

た。雪がちらちらする中に、大きなかまくらが浮かび出て、出入り口からほのかな明かりが

漏れている、という幻想的な写真であった。その写真に強く引き付けられた。


 しかしこの時は雪なぞ一滴もない季節で、まあ早い話、そそくさと諦めたが、その後おり

につけ、横手と言えばかまくら、幻想と言えば横手のかまくら、が脳裏に浮かんできた。が

、例によって再び現地を訪れる機会もなく、一度見てみたいけれど、叶わぬこととなった。



 そうなってくると、このかまくらの風景は脳の薄暗がりの中で勝手に増殖し始め、まるで

夢の中で見る光景のように、幻想的な情景となった。かろうじて見える、雪明りに浮かぶ

かまくらに子ど達がこもり、訪れた大人たちに甘酒を饗応して、笑いさざめく。


 あるいは子供同士が寄り集まり、温かい炭火が燃えるかまくらの中で、トランプやカルタ

に興じる、絶えず笑い声が響き、食べ物もおいしい。外はしんしんと降る雪に包まれて、静

かで安全で、なんの心配もない…そんな情景が浮かんでくる。



 ところでこういう情景は、当の子供たちの記憶にどのように残っていくのだろうか。どう

見ても、イヤな記憶として残る、ということはないだろうと思う。もしかすると、温かくてとて

も幸せな、そういう感情を伴う記憶となって残るのだろうと思いたい。


 「そんなに見たけりゃ、行けばいいじゃないか」・・・これはもう、思うだに大変そうである。

何か月も前から、下手すると1年も前から、旅館、交通、入場料などを予約する必要があ

るだろう。今年のように雪に振り込められたら大ごとだ。だから、また断念するしかない。


 秋田はかまくらが過ぎれば早春になるのだろうか。




2026/02/08

立春の花枝包む今朝の雪

 



 雪が降って、そして積もった。


 その雪がいつの間にか牡丹雪となって、もっと積もるらしいと思っていたら、昼頃あっけ

なく止んでしまった。それはいいけれど、気温が低く一日中鬼のように寒かった。とても春

の淡雪などと洒落ていられない、寒いさむい、家の中の洗面所は5℃より上がらない。


 各地それぞれ大変な状況らしいけれど、当地は5㎝ぐらいの積雪になった。べらぼうに

気温が低く、日差しも皆無、屋根の雪も車庫も車も、木の枝も、雪が解けずにこびりつい

ている。一歩たりとも表に出ないで、家の中で縮こまっている、健康に良くない。



 驚いたことに、予報欄を見たら今日の最高気温が、なんとまあ0.5℃! これはもはや、

気温などと言える代物ではない、と思う。一日中冷蔵庫の中に入っているようなもので、

人を野菜か肉と間違えている。そして明日の朝は-8℃! ここは北海道かッ。


 寒い暑いはなるべく言わないようにしようと思っているけれど、コトこの状態では愚痴の

五つや六つ言わざるを得ない。サムイサムイサムイ、なんとかしてくれえ~。ヒトには順応

性というものがあって、いま生活している現地にすっかり馴染んでもう戻れないのだ。



 だから、例え生まれ育ちは寒冷地であっても、もう何十年も暖地でぬくぬく暮らしている

と、もはや寒冷地では生活できない、生きてけない。またあの寒すぎる土地に戻って、そし

て生活することを考えただけで、悪寒はするは心臓がはためくは、息苦しくなってくる。


 これはもう、その人が軟弱だとか、だらしないとかの問題ではなく、ホモサピエンスとし

ての「行った先の土地に馴染んで生きる」 という天命なのである。そうであればくれぐれ

も無理を強行してはいけない。今住んでいる土地で命を全うするしかないんである。




2026/02/07

空家にも季節巡るや梅の花

 



 しばらくぶりで裏高尾を歩いた。


 裏高尾とは言うけれど、昔の甲州街道が通っていた里道だ。現在、甲府方面へ抜けるに

は、国道20号がすぐ山道になって大垂水の峠を越える。昔の甲州街道の方は、川の流れ

に沿った谷戸地形を上り詰めて、そこから細い山道となって小仏峠を越える。


 この里の長閑けさが気に入って、何べんもここを歩いたが、どういうわけかここ2,3年歩

いていない。久しぶりに歩いてみたら、風もなく穏やかな天気に恵まれた。以前に比べ、な

んとなく空き家が増えたように感じられた。しかし土地が狭いから当然かもしれない。



 庭の梅の花が見事な、一軒の小さな家に行ってみたが、いつの間にか空き家になってい

る。住んでいた人を見かけたことはなかったけれど、なんとなく小さなお婆さん独り、とい

う印象があった。今はもう誰もいない。庭の梅は律義に赤い花を咲かせている。


 "年々歳々人は変われど、花相似たり"の感が一層強く感じられる。こうして、この長閑

な里からも人が出てゆくのだろうと思う。しかし、途中で新築している家も見たから、すぐ

さまの限界集落でもなさそうだ。まるで人が居なくなって梅ばかりが薫っていてもナア。



 この里道には梅の木が多く、ところどころで紅白の梅が咲き始めていた。駒木野庭園

(昔の医者の家屋敷)では、池の端の紅梅が7分咲きで、温かい光に包まれて、母屋の縁

側のテーブルで、3,4歳の女の子が母親と向かい合って、抹茶を呑んでいる。


 谷戸道を登り詰めていくと、中央高速、中央線路、旧街道、浅川が小仏峠の一点を目指

して集まって来る。旧街道はだんだんと登り傾斜がきつくなり、そうしてバスの折り返し所

があって、最奥のお寺ががある。よれよれ歩いて3時間余、10㎞、裏高尾の早春。




2026/02/05

寒明けや終わりの雪にと願うかな

 



 青森の雪害のニュースが連日報道されている。


 まるで青森がすっぽりと雪に埋まったような、そういう印象を受ける。市内の街中も雪に

覆い尽くされているし、郊外のリンゴ畑も雪に埋まっている。ことに屋根の積雪で潰れた

家屋や車庫の下敷きなって亡くなった人が出たことは、無念極まりない思いがする。


 ここへきてもまだこの週末、再度の大雪だと予報が言っているが、もうたいがいにしてほ

しい。もう寒が明けたのだ、春になったのだ、この上大雪が降っている場合ではない、と神

様でも仏様でも、なんだったら鰯の頭だって構わないから、祈りたい気分だ。



 温暖地に住む者がひとりで騒いでみてもどうにもならないが、そういえば、この地方だっ

て大雪に見舞われたことがある。いつだったかはっきり覚えてはいないが、「どたん場検

索」してみると、どうやら2014年の2月のことだったらしい。


 朝起きてみたら、周り中が真っ白けでまずは驚いた。ふと駐車場の屋根をみたら、こん

もりと5,60cmの厚さに積もっていて、なんだかやっと立っている、という感じだ。背中に

冷たいものが流れて、そそくさと身支度をして表に出る。


 駐車場は片持ち屋根だから、こっち側に支えの柱が無い。とりあえず支えがない屋根の

上を突っつき、積もった雪を崩しながら少し落としたら、そこの部分がボン! と持ち上が

って、負荷が取れた感じがした。やれ、助かった、これがつぶれていたら車も潰れる。



 この時はあまりにも恐ろし気な大雪だった。とりあえずは車庫がなんとかなったので、安

心して今度は家の前の雪掻きをする。隣近所それぞれに出張って、みんな魂消たような

顔をして雪掻きをする。掻いた雪はどこへも持っていき場がないから、とりあえず家の前

の、車の行き交いにじゃまにならないような、道路の端に積み上げる。


 そのあと街中を少し歩いてみたら、道路や畑にはやはり5,60cmのの雪が積もってい

たように思う。街の幹線道路はもう車が行き交って、雪が車高の高さに削られ、その両脇

に30cmほどの深さの轍がくっきりと残さている。稀に見る大雪だなあ、と思った。


 


2026/02/04

燦々と日本の空に春立つ日

 



 日本列島は立春となったけれど、さりながら。


 雪国の雪の被害は想像以上であった。なにしろ雪の重みで家がつぶれた、などというこ

とは、おいそれと聞いた話ではない。潰れるまで、雪下ろしも除雪も何もできなかった、と

いうほど一気呵成に降って、そして降り続いて、対策が間に合わなかったらしい。


 ことにテレビニュースで見る青森は、とんでもないことになっているらしい。県庁所在地

の市であっても、除雪の手が入らない横丁の路地などは、何もかもが雪にうずもれ、人ひ

とり歩くだけのの隙間が辛うじて確保されているだけ、手の施しようもない状況だろう。



 というような事態もあり、手放しで「立春だァ」と喜んではいられないが、まあ、ひとまず

の区切りではある。しかし大いなる疑問もある。太陽の動きから冬至と春分の真ん中の点

を「立春」としたらしいが、よく考えてみれば、太陽の動きソク季節連動ではない筈だ。


 例えば、立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至、これは太陽の動きに従った

命名であるようだが、季節は地域によって異なる筈である。今まであまり疑問も抱かず、

これが季節を表すものだとばかり思っていたが、その地の季節と太陽の動きは一致する

ものではない、ということを、ここに至って、ようやく認識するにことができた。



 まあ、「今更なにを言うとんのか、このバッカもん! 」と言われても仕方がないが、長いあ

いだ中国発祥の「二十四節季」という、便利で簡単な早見表があったので、これを使い慣

れてきて、どうも季節がずれてるなあ、と思いながらも、まあ済ませてきた。


 日本も自前の「二十四節季」なるものを、どこかの誰かに作ってもらいたいが、今はどこ

にでもエアコンはあるし、暑さ寒さが都市空間では程よく管理されているのだから、季節

なんて概念は、お呼びでない、使わない、必要ない、ということかも知れない。


 そういえば「季節のない街」というのがあったなあ。




2026/02/03

豆まきや隣の子の声大人びて

 



 隣の男の子もまたたく間に成長し、豆撒く声が漏れてくる。


 昔はそれぞれの家々で「フクワウチー、オニワソトー」と大声で叫んで、家のうち、そとナ

ニ構わずに豆をまき散らした。たいがいの家庭では主に男の子が豆まきをさせられたよう

である。これが嫌だった。虚空に向かって大声を出すのがナゼカ恥ずかしかったのだ。


 今はもう豆まきなど家庭ではしなくなったらしい。大豆などまき散らして、あとの掃除が

大変だし、あんなもの食ってみたってうまくもなんともない。それに代わるものかどうか知

らないけれど、ぶっとい海苔巻きをあぐあぐ喰うという風習が盛んなようである。



 どっちにしろ昔からの風習が残って、年中行事として行われてきたものらしい。豆まきな

どに至っては、平安時代の宮中行事が漏れ出して、延々庶民のあいだに受け継がれて来

たものだという。年中行事や風俗習慣というものは、恐ろしく長く続くものだなあ。


 何事も浮き沈みの多い今の世でも、有名どころの神社仏閣では、今でも盛大にタレント

など集めて豆をまくし、恵方巻を食わなければ節分じゃない、みたいにテレビが言うし、そ

うそう簡単には、こういう習俗は消えてしまわないらしい。凄いことだナア!



 それはそれとして、我が家ではもう年中行事を何もしなくなった。どうも齢をとるとなに

もかも面倒くせえ! となるようで、年々歳々行事が減ってしまい、今ではもう正月に飲

んだくれるぐらいが精一杯になってしまった。やんぬることかな、である。


 子供が小さい時分は、我が親にしてもらった懐かしの年中行事は、なるべくしてやろう、

などと思っていた。五月飾りを出したり、菖蒲湯を沸かしたり、月見団子は作らなかったけ

れど、柚子の湯をたてたり、小豆粥を食ったりした。それもあんがい真剣に。


 でもこうやって並べてみたら、ほぼ我らの爺さん婆さんからの引継ぎであった。




2026/02/02

沢水の流れて澄んで猫柳

 

                                 (AIによる)


 まだ雪が残る冷たい沢の岸辺に猫柳は咲く。


 咲くのかそれとも蕾が膨らむのか、指のような塊にふわふわした毛のようなものがつい

ている。これを見かけると春の先駆けだと自覚するが、なんと言ってもまだ冬の最中、うろ

うろと川岸など歩いていられるものじゃない。そそくさとどこか家の中に逃げ込む。


 種類が違うのか、それとも季節が移ってそうなるのか、この白い毛のような間からひゅっ

ひゅっと細い軸が伸びて、そして赤い芥子粒のようなものが先端に着く。この赤い芥子粒

がもしかして花なんだろうか? どうも一般的な花とはまるで違うようだ。



 このような猫柳の姿はガキの時分からよく目にしたが、この後この指のような物体がど

のようになるのか知らない。子供時分は他にも草や木がいっぱいで、猫柳だけにかかず

らわっている余裕などなく、この猫の尻尾状態のまま、すっかり忘れてしまっている。


 この点を深く追求する子供だったら、ひょっとして植物学者などになっていたかもしれな

いが、飽きっぽくて忘れっぽい性格は、単なる凡人をひとり生み出しただけに終わってし

まった。なんとも残念という気がするが、そうそう学者ばかりになっても困るだろう。



 草や木や虫の、名前も性質もなあ~~んにも知らないまま、ただ体だけ大きくなってし

まったが、しかし草深い田舎でいろんな自然に、皮膚感覚で接することができたのはよか

ったような気がする。今になってみるとそんな思い出ばかりが、ふわふわと浮かんでくる。


 その思い出には、なんだか知らんがほんわかした優しい感情が着いている。だから想い

出すと、とても気分がいい。青年期や成人期のように、面白くもなく、面白くもなくもない

七面倒くさいお思い出には、そんな感情は微塵もないからガキの頃の思い出がいい。




2026/02/01

気のせいか如月の空かすみかな

 



 2月に入るとなんだかほっとする。


 とくだん昨日と変わり映えはないけれど、なんとなく春が近くなったように思われる。しか

しながら油断は禁物、思わずスンゲェ寒い日が来て、愚かな幻想を完膚なきまでに打ち

砕いてしまうかも。まあ慌てずに、ゆったりしながら近づくのを待つがいいだろうと思う。


 河津桜が咲きだしている所もあるらしいが、まだお目にかかっていない。早咲きの桜の

類が咲きだせば、だれがなんと言っても春だ春だと浮かれたい。それから野っぱらに出か

けて、意味もなく宛もなく、ただふらふらと歩きたい。酷暑の夏までは短いのだから。



 どうしてこんなに春だ春だとたち騒ぐのか、自分でもよく分からない。かなりブックレテは

いるが、自前の脳みそで考えても解らないのだから、これはもうDNAのためだろうと思う

ことにした。春を恋焦がれる何かが、ゲノムのどこかに潜んでいるのだろうと思う。


 というのは、原始の時代、着るべき防寒具もほとんどなく、ストーブなどと言う文明もな

く、雪積り吹雪舞う中をご先祖様はひたすら歩き、そしてひたすら思ったに違いない、あ

あ、早く春になれ、直ぐになれ、と。長い年月そう思い続け、DNAに刻み込まれたのだ。



 それはともかく、読む本がなくなったので図書館に行ってきたが、晴れ渡った日差しはぽ

かぽかと温かい。予報では雪国の大雪もひとまず一段落するらしく、このままおとなしく冬

将軍撤退となってほしい。もうこっちを振り返らなくてよろしい、真っ直ぐ撤収したまえ。


 ひょっとして一気に暖かくなって冬が終わるのカナ? という妄想もしてみるが、世のな

かはそう思い通りにはいかない。これはなんでも思い通りに進んでしまうと、ホモサピエン

スは驕り高ぶり、けっして良い結果にならないので、誰かがそうしているらしい。


それは誰だろう⁉






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