白い蕎麦の花が目の限りどこまでも広がっている。
こんなに蕎麦ばかり栽培してどうすんだ、と思うほどだが、蕎麦の自給率は2割ほどだと
いうから、やっぱり米に比べればほんのちょびっと、ということになる。うんと昔、縄文のこ
ろに中国から渡来して(そのころ中国と交渉があったのかなあ? )、栽培された形跡があ
るという。してみれば、まあ蕎麦は日本の由緒正しい食べ物、と言ってもいい。
その由緒正しい古来からの日本の食べ物が、ほとんど自給されていない! ということに
驚いてしまうけれど、麺と言えば即座にラーメンの世の中なれば、これもまた仕方がない
のかもしれない。しかしまあ、ここ数年のラーメンのもてはやされ方は、いささかもの凄い
が、戦後、アメリカが「小麦を食え」と言った結果がこんな形になったのだろうか。
蕎麦の話に戻る。ラーメンの名所が全国中にあると同じく、蕎麦も全国区である。自分
勝手に数えてみれば、山形、新潟、長野、こんなところだろうか。山形の、なんと言うことも
ない観光地の蕎麦が、案に相違して素朴で旨かった。新潟のヘギ蕎麦を始めて食ったと
きは、これはもうびっくりした。なにやら海藻を練り込んであり、つるつるのしこしこ。
蕎麦と言えば信州、だから長野には蕎麦の名店がごっちゃりあるに違いない。ビンボー
だからそういう名店には疎いけれど、どこだったか、山すその道の駅で食った蕎麦が旨か
った。冷たくて、腰が強く、量があってその上安い、やはりビンボーの味方だって、長野に
は存在した。名店の高級ばかりでは、庶民は遠く離れてみるしかテがない。
山梨県のはずれの方の山道を歩いていたら、しもた屋みたいなところに人がたむろして
いた。なんだろうと訝しんで見ていると、どうやら高級蕎麦屋であるらしかった。店内に入
れきれない人が表に立って待っているらしい。ひょっと見たら盛り蕎麦1500円と書いて
ある。冗談じゃねえ、散々待たされて、雀の餌ほどの蕎麦など、食ってたまるけえ。
ともあれ蕎麦が好きなことに変わりはない。それで思うのだけれど、東京都内、名店と言
われる蕎麦屋もあるけれどが、普通の蕎麦屋も案外多いし、押し並べてどこで食っても旨
いように思う。これが蕎麦かあ⁇ という絶望に遭遇したことがまずない。大阪がうどんな
ら江戸は蕎麦、どうもこういう伝統が未だに生きているように思われる。
蕎麦時や月の信濃の善光寺(一茶)