冬の林の中はあんがいに明るい。
葉っぱが落ちた枝の間から木洩れ日がしっかりと漏れ込んで、枝が揺れるとあたかも踊
るが如く飛び跳ねるが如く乱舞する。冬の木立だというのに、なにやらあったかさまで感
じられそうである。冬とは言えど、こころまで、こごえ、しばれているわけではない。
葉っぱが茂り放題で、じっとり湿ったな夏よりも、むしろ冬の葉っぱのない、明るく乾い
た林を歩く方が、どっちかと言えば心地がよい。それが雑木林の道ならば、散り敷いた枯
葉が積もって、歩く度にカサコソカサコソ、軽快な音を奏でて楽しい。
そんな風に思えば、冬の野っぱら道を敬遠するには当たらないかもしれない。寒ッ、と
思うから、出かける前から億劫になるけれど、出てしまえば案外ドってことなかったりする
し、歩き出せば体はあったかくなるし、目玉はいろいろ珍しい景色を見て安堵する。
ただ問題は、その出かける前の、イヤだな、と言う億劫な気持ちを、どう押さえつけるか
だ。これがなかなかどうして、難問なのだと思う。人間(と、一般化していいのか? )、どう
しても目の前の、今現在の感情に流されてしまい、すぐに立ち上がって行動に移せない。
今年の冬はこのことを念頭に置いて、宿題にしようかと思う。なにしろ、怠け、ずぼら、軟
弱、どんくさ・・・これらを絵に描いたような性格だから、われながら自分ながら、とても思
うようにいかないだろう、と今からつくづく思うけれど、いちおう努力目標である。
もしも万が一、この努力目標が危うくも達成されたなら、冬の野っぱら道を存分に楽し
むことができるであろう。木漏れ日の林も、風になびく枯れすすきも、若草の枯れ葉を押
しのけるさまも、日一日と遅くなる夕暮も、みん~~な目にすることができるであろう。