(AIによる)
お世話になった炬燵だがもう人は寄り付かない。
冬の間あれほど馴染んだが、今見るとなんだか鬱陶しく感じる。あの暑いんだかそうで
ないんだか、ぬくぬくした曖昧さが、もういいや、と感じさせる。もはや外の陽射しの方が
あったかくて気持ちがいいのだから、悪いけれど役割ご苦労さんなのだ。
しかしながら、炬燵というのはなかなか侮れない器具ではないかと思う。暖房器具であ
ることは間違いないけれど、そこにそっと付随するものがある。団らん、というか和み、と
いうか、ミカンでも持ってくれば、自ずと人が集まってまったりする仕掛けになっている。
炬燵は脚、腰だけを温める。風通しのいい日本家屋で、体を部分的に温めてそれでどう
する⁈ と思うのだが、どうも脚を温まれば全身があったまるらしい。外は吹雪でも、一家
中の者が炬燵に足先だけ突っ込んで、布団を引っ被って寝てしまう、それで十分なのだ。
炬燵は室町時代から使われたと、物知りAIさんが言っている。最初は囲炉裏の余熱に
台と布団を掛けたもの、であったらしい。囲炉裏を一晩中燃やしていたら酸欠になってし
まうから、部屋そのものをあっためるという発想はなかなか出てこない。
その囲炉裏炬燵がだんだんと発展して、江戸時代には「やぐら炬燵」「置き炬燵」となり、
囲炉裏から解放され、普通の部屋にも置けるようになった。明治の世になって「掘り炬燵」
となり(バーナード・リーチ考案だそうだ)と進化して、現在は電気炬燵一辺倒。
とまあ、炬燵は場所も取らず、大きな装置も要らず、それでもってなかなか効率のいい
暖房器具だということだが、これは紛れない日本の発明らしい。AIさんによれば、東アジ
アの暖房は、中国:床暖&ペチカ、朝鮮:オンドル、日本:囲炉裏・火鉢・炬燵だという。
炬燵よ、また来年会いましょう。