池の水もよく澄んでピンと張りつめているように見える。
叩けばピンカンと緊張した音がしそうだ。晴天が続き雨がほとんど降らないので、水量
が底を突くほど少ない、が、小魚が姿を消したのは、水量のせいではなく、余にも水が冷
たいから、これは一丁冬ごもりをすべえ、と岸の草むらに逃げ込んだためと思われる。
冬の水はとにかく見ただけで寒い。身を置いている周りの空気が冴え冴えと冷たいか
ら、その水はさぞかし想像を絶するほど冷たいだろう、と脳味噌が勝手に判断するらしい
が、ひょっとすると空気の方が冷たかったりするので、自分の脳みそながらバカだと思う。
この池には、だれが放流したのか大きな真鯉や緋鯉もいて賑やかだが、冬の水の中で
彼らは極めて不活発だ。機敏に泳ぎ回ったり餌を探したりしない。うっそりと面倒くさそう
にゆらゆらしている。たぶん水が冷たくて、最小限の動きでことを済ませようとしている。
まあ、でかい鯉はそんなふうにしてこの時期を過ごすらしい。ただ、いっぱい群れていた
小魚の姿をぱったりと目にしなくなった。餌がないので鯉に食われたのかどうか知らない
(鯉は確か肉食じゃないと思う? )が、岸辺に冬ごもりしているのではあるまいか?
それにしても、そこいら辺の川には小魚がいっぱい住んでいる。子供のころ釣竿や網を
持って、それらを捕まえることに夢中になっていた身からすると、まさに宝モノの川であ
り、それらを放っぽリぱなしなどということは、考えられないし、許せない。
今でも川の上から川面を眺めて、小魚の群れを目にすると血が騒いで平静を保てない
ほどである。今の子供たちに言いたい、小魚を捕まえてよもやそれを食わなくてもいい、
捕まえること、釣ること自体に、大いなる喜びがあると思うが、それを感じないか?
君たちよ、野っぱらは偉大な大学だゾ。