ほんとうに直径2cmほどの小さくて可憐な花セツブンソウ。
野生ではトンとお目にかかったことがないから公園へ行き、蝋梅が咲いているその根元
に、消え入りそうに咲いているご尊顔を拝することとなる。小さいし、弱々しいし、北風に
テもなく吹き飛ばされそうに咲いているから、極ごく貴重な花のように思う。
植えられている狭い一角に人が集まり、ともかくも写真に撮る。おばさんがスマホを近
づける、爺さんがデカいレンズのカメラで割り込んでくる、目立たない小さなカメラを持っ
た人は押し出されて、うろうろと周りを歩く。そして花は間もなく消えて跡形もなくなる。
野生ではカタクリのように群生するらしいが、まあ見たことがないなあ。よほど環境の好
みが厳しくて、そうめったなところには育たないのだろうか。特別に綺麗だとか華麗だとか
ではないが、まだほとんど花のない早春、厳しい寒さの中で咲くから貴重だ。
ほとんど花を見ない時期がしばらく続き、寒風ばかりが吹く日々に寒紅梅やら蝋梅やら
が目覚めて花開き、合わせるようにこの節分草も咲きだし、野っぱらでは仏の座の朱が目
立ち、オオイヌノフグリの薄い藍色に眼が惹きつけられて、なんでも花が嬉しく思える。
春たける頃これらの花を見れば「なんだ、まだ咲いてらあ! 」と、手のひら返しのそっけ
なさだが、このころになると花は次から次、一息つくいとまもなく咲いては散り咲いては散
りするのだから、手のひら返しもバン止む得終えない仕儀なのだ。
ほんとは、花だとか、暑さ寒さだとかに気を向けることなく過ごせれば一番いいが、なに
しろ他にやることもなく、関心を向ける先はどうしても、花や緑や、寒い暑いになっちまう。
しかしそうして日々を送れるのは、ビンボーだけれど実は有難いことだ。