まだまだ寒いというのに仏の座が咲いている。
散歩のとき脇を通った畑にわぁ~と咲きだしていて、まるで蓮華畑のようだ。この花は
華奢で繊細な形をしているが、うんと寒い時期に好んで咲き始める。だから先駆けともい
うべき花だが、温かくなるころには最盛期を過ぎて、そしてどこかに消えてしまう。
似たような早春に咲く「犬ふぐり」がある。この二つの花を見れば、まだ寒の内だという
のに、春が近づいたなあ、と思う。今の時期はちょうど春が行きつ戻りつ、足踏み躊躇して
いる時期だろうけれど、そんなことにお構いなく、この二つの花はぐんぐん咲いている。
日本のように四季の違いがわりあい明瞭な地域は、その都度楽しみが生まれる。なんの
花が咲いたの散ったの、葉っぱの緑が濃くなったの薄くなったの、その都度騒いだり、見
に出かけたりしていられる。これはもしかすると、素晴らしいことなのかもしれない。
世界はもちろん、こんな地域ばかりではない筈だ。年がら年中、ほぼ夏ばっかり、あるい
は冬ばっかり、という地域だってあるだろうと思う。そういう地域では、春夏秋冬、ほぼ平
らで変化なく、冬の憂愁もなく、春の狂騒もなく季節の違いを騒ぎ立てようがない。
世界はそれほど違っているのだろうが、まるで想像もできない。加えて海を渡った経験
もなく、その地域ちいきに住む人々が、どんな気持ちで毎日を送っているのだろうかも、
一滴たりとも窺い知れない。この世に生まれたけれど、それも知らずにかわいそうだ。
それはともかく、比較的明瞭な四季(梅雨を入れて5季? )があって、それぞれの季節
が移り変わるごとに、花や草や木が替わりゆくのは、ひょっとして幸せなことなのかもしれ
ない。そこにちっとも気づかず、寒い暑いの文句のみ言ってると、罰が当たるかもナア・・・