椿はたいてい仰向けに落ちている。
花びらを伏せて俯きに散っている椿はあまり見たことがない。そこで、「落ちざまに虻を
伏せたる椿かな(漱石)」という句が議論になるらしい。椿の花を見るたびに、このことを思
い出して散った花びらを眺めるが、俯きか仰向けか、どちらが正しいのかわからない。
椿を眺めるのに、小難しい物理学的理屈を考えるのは、いささか興ざめのような気がす
る。それで、同時期に咲く山茶花と比べてみたりする。大きな違いは、山茶花が花びらを
一枚ずつ散らすに対して、椿は花びらも蕊も一緒くたにぼとりと散ってしまう。
これ以外にも細かい点に違いがあるのだろうけれど、大雑把いい加減の自分にはわか
らない。で、どちらが好ましいかと言えば、なんでか山茶花のほうである。だいいちに花び
らが一枚づつハラハラと散るのが好ましい。なんだか嫋やかな感じがするではないか。
しかし椿の方に魅力がないではない。花の深い赤色は見て美しい。それに実から油がと
れる。この椿油は油として大変優秀なんだそうだ。食用としてもいいし、肌や髪にもいいと
言っている。(それにしては、スーパーなどで見かけないのはどうしてだろう? )
桜のころ山極の道を歩いていて、神社の境内でお婆さんに出会った。問わず語りに、娘
時代、大島から船に乗って東京下町に椿油を行商していた、という話をした。大島から椿
油を担いで上京すると、拠点の家で寝起きし一週間ぐらい行商して歩いたという。
若かったのでお得意さんを巡り歩くのは楽しかった、まったく苦労と思わなかった、と言
う。ただ背中の椿油が重くておもくて、それが一番辛かったと言う。今は引退し、下町の娘
の家で日を送っていると話した。お婆さんの肩に桜の花びらがハラハラと散っていた。