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2025/08/07

空蝉の主はどこの木大騒ぎ

 




 セミの数だけ空蝉があるはずだが。


 それほど頻繁に目にすることがないようだ。目にすれば、おっ! 珍しい、と思うほどの

貴重なものに思える。しかしよーく考えてみれば、枝で大騒ぎしている蝉の数だけは、どこ

その抜殻が無くては計算に合わない。たぶん草場の陰あたりにきっとあるのだろう。


 それとも、セミは声がデカいし人の思惑などお構いなしに鳴き立てるので、そこら中の木

の枝がセミだらけ、と思ってしまうが、案外数は少ないのかもしれない。とにもかくにも大

騒ぎするから、ドえらく大勢が群がっているように思うだけなのだろうか?




 しかしセミはどうして、殻を脱ぐ、というようなシチ面倒くさく、かつ危ういことをする

のだろう。詳しいことはまるで知らないが、昆虫というものは皆、こんな面倒くさいことを

しながら生きているのだろうか。そういえば蟹なんかも脱皮するなあ。


 彼らは脱皮した後、少年少女時代とは似てもにつかぬ、蝶やトンボなど、優美な姿に一変

する。まるで化かされたようなものだ。こんな複雑な、面倒な手続きを踏まないと生きてい

けない、というのも難儀なことだなあ。我々のように少しづつ大きく成ればいいのに。




 かくのごとく、生き物は不可思議の塊。だいたいが、この地球に生命の種が生じた、とい

うことが根本的に不思議だ。その種がウジャムジャ何かがどうしてこうなって、それが何十億

年という、うんざりするほどの年月を経過して、こうなっているらしい。


 まあそこまで行くと、なにがなんだかよく分からん話になってしまうけれど、地球という

乗り物が、神様に選ばれた(神様がいるとして)、珍しい星なのかなあ、と神様の方に下駄を

預けるより仕方がないように思う。今日もセミが鳴いている。


 抜け殻がとんでもなく膨らんでしまった。




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