いよいよ木枯らしの季節がくる。
とは言いながらさりながら、近ごろトンと木枯らしに出会わないような気がする。びょうと
吹いて、外套もなにもひっぺ返す様な生な木枯らしがなくなったように思う。が、しかしこ
れは隠居になって、ほとんど戸外をさ迷わなくなったせいであるかもしれない。
温暖化で木枯らし勢力がガクンと減ったのか、表に出ない年寄りだから出会いがないの
か、それはともあれ、上州の空っ風がそのままこっちまで駆けつけたような、生なましくて
勢いがある木枯らしが、なんだか懐かしい様に思える。
木枯らしの季節になれば、屋台のおでんが旨くなる。歩く人もない歩道の片隅に、薄明
りが灯って湯気が白い。苦いようなイガイガするような燗酒を喉に流し込んで、はんぺん
やら大根やらを、なぜかそそくさと突く。なんとも貧乏くさくてとてもいい。
どこかで一杯引っ掛けて、最寄りの駅に帰り着いたとき、びょうと木枯らしが吹いて、ラ
ーメン屋台が濛々と湯気を上げている。こうなるとやはり、この屋台をそのまま見過ごして
は帰れない。ちょっと立ち寄って、食い過ぎだなあ、と反省しつつラーメンをすする。
ところで、風の又三郎の運動場で吹いた風は、あれはやはり木枯らしだったのだろうか。
この物語をきちんと読んだ記憶がないけれど、風の音だけは耳に残っている。
どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ どっどど どどうど どどうど どどう
この擬音と、それからくるみやかりんの葉っぱを吹き飛ばすのだから、どうも木枯らしに
間違いないようだ。木枯らしが運動場に吹き抜ける擬音として、これ以上印象的な表現は
ないと思われ、そのためか長く印象に残っている。賢治さんは偉かったね。