(AIさん作成)
新年だけれど特段代わり映えしない。
今日は寝坊してお天道様も見ていない。今年もまた。こんな風に取りとめもなくだらだら
と過ぎてゆくのだろうと思う。またそれでいいので、無暗やたらにいろんなことが発生して
も、かえって処理できない。その意味ではダラダラのんべんだらりがいいに決まっている。
年々歳々、やれ暮れの大掃除だ、次にお正月の準備だ、などというのが、ものすごく億
劫になってきた。別に大したことはしないのだけれど、ふだんと違う、ということがすでにし
て煩わしい。どうしてそうなったのか、別に構えたわけじゃなく、自然体でそうなった。
今ではこういうモノグサ太郎にもってこいの品々が準備されている。松飾なんか、印刷
された薄い紙っぺらを、ひょいっと玄関にぶら下げれば済むし、餅などというものはモチロ
ン搗かなくなって久しい。なんならおせちなどもボタンをぽちっとすれば届けてくれる。
世の人々がなるたけモノグサ太郎になるように、なるようにと、商売をする人は計らって
くれている。こちらとしても、やはりその期待には応えねばならない。そして、松飾りだろう
とおせち料理だろうと、なに構わずに「ま、いいとするか」と言って、そうする。
こうして、暮れ正月を過ごしてみると、昔に比べて随分のっぺらぼうになった。ごろごろ
寝てばかりいてなんにもしなくなったと感じる。そこへもってきて高齢者だから、何にもし
たくない。両方が相まって、相極まり、初詣もサクッと省略するまでに至った。
新たな年の出発にあたって、こんなにグニャグニャでいいのだろうか⁉ たぶんよくない
と思う。いい加減な生き方に天罰が下るであろう。それが怖いので、胸の内で、聞こえな
いほどの小声で言っておこう、今年はなるたけ歩きます、と。