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2026/03/02

曙の如月の空へ旅立ちぬ

 




 人が旅に出るは虫穴をいずるが如し、なんて言葉はない。


 でも何となく、両方とも春になるとソワソワしてくるのは共通しているらしい。人生の旅立

ちというのも、おおむね春に多いことと思うが、そういう大ごとでなく、まあ温かくなったか

らちょっくらその辺まで旅行へ行ってくっか、と言って出かける旅立ちのことである。


 今頃の季節に旅行すると、まだ雪がみっしりと残って冬真っ盛り! というところもあれ

ば、いやいやもう春でんねん、なんぼでも花を咲かせまっせ! というところもあって、特に

日本海側から太平洋側に抜けるようなコースだったら、日本は広い! と実感する。



 名所旧跡、風光明媚なところもいいかもしれないけれど、どうも直ぐに見厭きてしまう、

という傾向がある。どんなに美しい景色でも、10分も佇んでいれば十分な気がするし、い

かに有難いお寺や神社でも、ひととおり巡っていしまえば、もういいやとなってしまう。


 それよりも、歴史の痕跡が残っていたり、人々の生活が垣間見られる場所を、ゆるゆる

と、ぶらぶらと歩き回るのが、自分には好ましい。あまり有名ではないけれど、昔の宿場街

が残っているところのその建物や、伝統的保存建物などでいまだ生活している様子など

を、時間をかけてゆっくり見歩くことができれば、言うことなしだと思う。



 旅行先は、気を遣わずにのんびり旅行できれば、それこそどこでもいいのだけれども、

なんでか今までは、日本海側の印象が強く残っている。どうも太平洋側は、街はビルと工

場ばかりで、騒々しくなんだかガチャガチャとしている、というイメージが強い。


 それに比べ、日本海側は人口も少ないだろうし、街よりも山や里が圧倒的に周りの視界

を占めているように思われ、静かだし、落ち着いているし、風景が自己主張しないし、なん

だか人も皆どっしりと腰を落ち着けて生活しているように見える。そういう全体の感じが

(あくまでも感じだけれど)、自分には好ましいのだと思う。


 


2026/02/01

気のせいか如月の空かすみかな

 



 2月に入るとなんだかほっとする。


 とくだん昨日と変わり映えはないけれど、なんとなく春が近くなったように思われる。しか

しながら油断は禁物、思わずスンゲェ寒い日が来て、愚かな幻想を完膚なきまでに打ち

砕いてしまうかも。まあ慌てずに、ゆったりしながら近づくのを待つがいいだろうと思う。


 河津桜が咲きだしている所もあるらしいが、まだお目にかかっていない。早咲きの桜の

類が咲きだせば、だれがなんと言っても春だ春だと浮かれたい。それから野っぱらに出か

けて、意味もなく宛もなく、ただふらふらと歩きたい。酷暑の夏までは短いのだから。



 どうしてこんなに春だ春だとたち騒ぐのか、自分でもよく分からない。かなりブックレテは

いるが、自前の脳みそで考えても解らないのだから、これはもうDNAのためだろうと思う

ことにした。春を恋焦がれる何かが、ゲノムのどこかに潜んでいるのだろうと思う。


 というのは、原始の時代、着るべき防寒具もほとんどなく、ストーブなどと言う文明もな

く、雪積り吹雪舞う中をご先祖様はひたすら歩き、そしてひたすら思ったに違いない、あ

あ、早く春になれ、直ぐになれ、と。長い年月そう思い続け、DNAに刻み込まれたのだ。



 それはともかく、読む本がなくなったので図書館に行ってきたが、晴れ渡った日差しはぽ

かぽかと温かい。予報では雪国の大雪もひとまず一段落するらしく、このままおとなしく冬

将軍撤退となってほしい。もうこっちを振り返らなくてよろしい、真っ直ぐ撤収したまえ。


 ひょっとして一気に暖かくなって冬が終わるのカナ? という妄想もしてみるが、世のな

かはそう思い通りにはいかない。これはなんでも思い通りに進んでしまうと、ホモサピエン

スは驕り高ぶり、けっして良い結果にならないので、誰かがそうしているらしい。


それは誰だろう⁉






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