ラベル 寒さ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 寒さ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026/01/26

きりきりと寒さ沁入る目覚ごろ

 



 朝目覚めるころの寒さが身に沁みる。


 南東の空が白らじら明けて、屋根の向こうから赤い色の朝日が、矢のような光線を放っ

ている。ぬくぬくの布団からはみだしている頬に、刺すような寒気が襲ってくる。寒いから

布団から出たくはないが、さりとてもう眠れそうもないから、ぐずぐずと時間が過ぎる。


 布団にくるまったまま、頭に様々な思いが「うたかた」のように浮んでは消え、消えては浮

んでくる。たいていはどう仕様もないほどつまらない思いが、ぽこぽこ出てきたり引っ込ん

だりするだけで、それは鬱陶しくてしかたがない。なにも浮かんでほしくないのだが・・・



 しかしながら、いつでも決まって浮かんでくるものがある。”どうして一日の気温は夜明

けのときが一番低いのだろう? ”という疑問。これがずっと解けない疑問として残ったま

まであり、それゆえ時に応じて脳みそにぽくぽく浮かんでくるらしい。


 だって、一年のうちで一番寒いのは1月下旬から2月ごろ、と認識している。とするなら

ば、一日の最低気温は季節と同様、1時~2時ころであっていい筈、それが4時間もずれ

にズレて明方になるというのは、どうしても納得がいかない。大いに困っている。



 ところがどっこい、ここで得意の「どたん場検索」を発動してみたら、大正解‼ ともいえ

るような記事を見つけた。どうして今までこういう記事に出会わなかったのだろうか? と

思ったが、放射冷却現象というものを思い起こせば、一発でたどり着けたかもしれない。

  https://weathernews.jp/s/topics/201810/180065/


 さすがにお天気の専門家、どこからどう眺め尽くしても、一言のケチのつけようがない。

こういう満点の記事にたどり着けなかったのは、ひょっとすると、事の真相は我の外にある

のではなく、我自身の内部にあるのではないか⁉ ・・・つまり呆けている!




2025/12/08

立ちすくむ寒さは山の無人駅

 




 齢を重ねると周りに人が減って無人駅の如くである。


 ぽつねんとホームに立って周りを見渡せば、雪が降っていなくとも、寥々として寂しさが

身にしみる。遅れている電車はいつ来るとも知れず、いつまで待っていても近くに人の影

は現れない。齢をとるという事は、こういう事だったとは夢にも思わなかった。


 しかし、と一方でまた考える。線路が引いてある以上、いつかはきっと電車は来る。ただ

待っていればいい。そうして車窓から暖かい灯影をにじませながら、寂しいホームに止ま

るだろう。そしたら暖房の効いた車内に入って、同乗者がいて、きっと安心する。



 しかし考えてみると(…特別に考えてみなくても)、人は社会的動物であって、人の中で

暮らすようにできているらしい。しかしながら、その人の中には自分にとって好ましいこと

だけをしてくれるとは限らない。なにしろ、誕生して以来この方、戦争は無くならない。


 それがしばしば煩わしくなって、「孤独がいい」などと贅沢をこいたりする(らしい)。そん

なことをこいたりもしてみるが、どうしても人は人の中でしか生きられないようだ。煩わし

いけれど、仕方がない、ここんところの兼ね合いが、実は難しいんだろうナア。



 けれども「孤独がいい」などとわざわざ言いつのらなくても、齢を重ねるにしたがって、否

でも応でも孤独にならざるを得ない。育てた子供は大きくなってもう寄り付かないし、同

年の親類縁者も、はや年取ってきて一人欠け二人欠け、ふと気づくと居なくなっている。


 孤独に生まれたからにゃあ、最後も孤独だ、と誰かが決めたわけでもないだろうが、どう

もそんな塩梅になっているようだ。そう思って、しかたがないからそこは諦めて、孤独の中

に何か楽しみはないだろうか⁉ なんだっていい、ほんのひとときの楽しみだけでいい。





訪問記録