朝顔と言えば夏休み、夏休みは朝顔。
夏休みには、朝顔の種を蒔いて、毎日水をやって観察し、それを絵日記などに残して宿題
とする、というような風潮が昔はあった。だが、朝顔を気にかけて早起きしたのは、ほんの3
日ほど、すぐさま朝寝坊はするは、朝顔なんかにかまっていられないほど、野っぱらを駆け
廻るのに忙しいは、たちまち朝顔のことなど頭から霧散してしまった。
そして夏休みが終わるころ、ふと宿題を思い出して朝顔の場所に行ってみたら、もうみん
な種ばかりになって、あわれ葉っぱも枯れかけている。むろん絵日記など書ける筈もなく、
その他にドリルや宿題帳も真っ白けの白紙状態、泣きながら大急ぎで、何やら書いて誤魔化
して、新学期が始まれば、もう朝顔のことなどスッカラカンと忘れてしまった。
そんなわけで、朝顔というのは夏休みの間に咲くものなのだと思っていた。ところが野っ
ぱらを歩いてみたら、夏休みが終わる今頃、生き生きと盛んに咲いている。小学生が種を蒔
いて育てた、どこかひ弱で軟弱な奴と違って、野良の朝顔は草むらの他を圧している。我が
世の天かじゃ、と言わんばかりに意気盛んで、かつまた美しくもある。
このやけくそのような無茶苦茶な暑さの中で、ろくに雨も降らず水気のない砂漠のような
野っぱらで、衰えも見せずに咲いている。蔓性のなよっとした見かけによらず、案外に強靭
な花なのかもしれない。なんでも原産地は熱帯のアジアかアメリカらしいから、そんじょそ
こらの暑さでへこたれるようなタチではないらしい。
かくの如く、野っぱらの貧栄養の土でも育つし、日照りの夏にもびくともしない朝顔は、
怠け者にぴったしの花だと言える。小学校時代のように、ほっぽらかして知らん顔をしてい
ても、ちゃあ~んと花をつけ、実を実らせたように、なんでもかんでも育つらしい。これは、
なんでもが面倒くさがり屋にとって、実に有難い花だと言える。
それかあらぬか、朝顔市などが開かれ、職人が花を咲かせるまで育てたものを、ひょいっ
と脇から買ってきて、実にきれいなものだ、などと自分が咲かせたような顔ができる。そう
してまたほっぽらかして知らん顔を決め込み、次の年の夏になれば、あら不思議、目が出て
育って花だって咲かせる。なんにも手間暇かけずにしばらく楽しめるのだ。
強い花だから、ツルベ取られて、なんて言わなくてもいい。