(ネットより拝借)
春まだ浅い時期に芦野の遊行柳へ行った。
空はすっからかんに晴れて、温かい風が吹いている。那須野原というのか、低い丘陵が
連なる野は広く、遠くの山は紫に霞んでいる。歩いている細道の土手には、若草が萌えだ
し、タンポポの黄色が点々と連なり、連翹が明るく輝いて、とても気分がいい。
芦野の里道に入ると、田んぼが広がり畦道に可憐な野の花が咲いて、家々の庭には梅
や桃や木瓜の花が咲き、桜もまだ散り残っていた。黒い瓦を乗せた昔ながらの家が点在
し、花に囲まれた里だが、田んぼにも道にも人影はなく、眠ったように静かだ。
遊行柳は芦野の里の田んぼの中にあった。周りには何もなく、水を引き込む前の田ん
ぼが広がっているばかり。畔のような細道を辿っていくと、狭い畦道に若い柳の木があ
り、柔らかな緑の芽が微かな風に揺れている。桜も一本あったがすでに散ったらしい。
辺りを見回すと、素朴な自然石の歌碑や句碑が並んでいる。「道のべに清水流るる柳か
げしばしとてこそ立ちどまりつれ」・・・これは西行の歌碑。芭蕉も奥の細道の途次ここに立
ち寄っている。「田一枚植えて立ち去る柳かな」の句碑。「柳散清水涸石處々」は蕪村。
だたっぴろい那須野が原の、なんと言うこともない芦野の里の、なんでもない田んぼ
の中に、こんなにも有名人の碑が残っている。その何十倍、何百倍もの人が、このひっ
そりした里の田んぼを訪れたのか、想像もつかないけれど、よく今に残ったと思う。
遊行柳の地にひとしきり佇んで立ち去り、また春爛漫の野道を歩いた。ただ通り過ぎ
てしまうのが勿体ないような、里道の佇まいと申し分ないほどの日和である。春の日は
まだまだ十分高い、さてこの先には、何が待ち受けているのだろう、楽しみだ。