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2025/07/22

噴水の水を透かして猛暑かな

 



 あながち噴水は涼しくもない。


 最初は、ワア~凄い、と驚くけれど、少し見ていれば飽きてくる。そうそういつ

までも見ていたいという気持にならない。いったい誰がこれを発明したのだろう。

どうも西洋人に決まっているような気がする。


 これに対し、日本は岩走る清水である。ちょろちょろと滴る水の動きは、いつま

で見てても飽きない。音も噴水のように傍若無人の騒々しさではなく、小鳥のさえ

ずりのように優しく穏やかだ。これをもって涼を感じ取る。



 水琴窟は日本人の発明なのだそうだ。水を注げば、しばらくしてどこからか、ぴ

ちゃ~ん、という微かな、聞こえるかどうかという滴り音が聞こえてくる。この音

を聞いて、こころに浮かぶ静寂や涼しさを感じ取るのが日本人だ。


 噴水と水琴窟、これはもう勝負にならないのではないか? 情緒の欠けた噴水vs

纏綿たる情緒の水琴窟、勝負あった! と思うのは日本人だからか。西洋人は「 

微かな、ぴちゃ~ん、なんて何なんだ。絶対に噴水だ!」と言うだろうか。



 日本人の情緒はかくの如く細やかで深い。さて、この情緒の源たる諸々の感情は

いったいどこから湧き上がるのだろうか。「感情は腹わたで感じる」という説があ

るらしい。周りの環境から受け取る、感覚の好悪を内臓が感じる、というらしい。


 もちろんその好悪の感覚が、大脳に送られて何ほどの処理がなされるらしいが、

「感情は腹わた」は本当だろうか。そういえば、断腸の思い、腹の底から笑う、胸

に迫る悲しみ、などなどみんな内臓と結び付けられた言葉だなあ!

 

 情緒的は反論理的、なのだろうか。




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