季節とは正直なものである。
暑さ寒さも彼岸まで、と言い古されてきたけれど、ほんとに涼しい爽やかな風が吹くよう
になり、朝などはちょっと寒いぐらいなので、短パン半袖を止め、早々と長袖、長ズボンで
散歩に出ることになった。さしもの酷暑もようやく諦める気になったかな?
例年であれば、日中の気温はまだまだ残暑なのかもしれないが、今年はもう秋だなあ、
と肌が感じている。こうもぴたりと季節(感覚的気温)が変わるのであれば、いままで散々
夏の悪口を愚痴ってきたけれど、もうそれを止しにしないといけないかもしれない。
なにはともあれ、これからは炎天に恐れをなさずに済む。今までは「年寄りは表を歩くん
じゃねえ、死ぬぞ、オラ! 」などと散々ぱら脅かされ、虐げられてきたが、これからは威風
堂々胸を張って表を歩けるのじゃないかと、大いに期待している。
もしその気になれば、大手を振って、驚くほどデカい顔をして、野っぱらに出掛けること
ができるのだ。これはまずもって嬉しい。彼岸花で真っ赤に染まった土手の道、優しい陽
を受けて黄金色に輝き波打つ田んぼの連なりの中を、だれに遠慮もなく歩けるのだ。
いっぽうで、少しづつ陽が短くなるのは寂しい。お昼が過ぎれば、お天道様はガックシと
首うなだれ、弱々しく西の空へ転がり落ちてゆく。それはもう、ウソのように極端であって、
午前中のあの輝き渡る溌剌さと元気とは、いったいどこへ行っちまうのだろう。
木の葉がはらはらと舞い落ち、裸木の赤く色づいた柿の実が儚い西日を受け、山の端
が陰ってくると、そこはかとない寂しさに背中を乗っ取られて、あとどれだけ歩けるだろう
かと、たちまちチキンの心情になっちまうから情けない。陽よ短くなるな!
巡り来て去る季節を、淡々と送れ。