遥かな山に残雪が光る。
梅雨明けの空は茫洋と霞んで、近くの山は淡い藍色に塗り込められ、空と山のあ
わいは定かならず。その先遥かな高みに空に溶け込んだ大連峰がどっかりと腰を据
え、山肌の残雪が眩しく光った。陸奥の遅い夏が始まる。
地上が35℃だと騒いでいるというのに、こともあろうに、雪がまだ残っていると
は思わなかった。仰ぎ見て、あの雪渓に寝転んでみたら、どんなにか涼しいだろう
と思う。なんだったら、あの雪でアイスを作って食ってみてもいい。
大昔の若かったころ、連休に八ヶ岳に登ったことがあった。やはり雪渓が残って
いて、その中でラーメンを煮て食った。ひやひやと涼しい空気に包まれた、あつあ
つのラーメンがことのほかであった。
ところがその後、蟻の道のような細い峰々を越えてゆくのに、本物の肝を冷やし
た。ウソ冷たい冷汗が背中を伝い、足はがくがく震え、生きた心地がしない。もう
あんな思いは一度きりで沢山だ、とつくづく思った。
以来、雪渓が残るような山には近づかない。我が帰し方は苦から逃げるをモット
ーとす。だから今仰ぎ見るあの高い山の雪渓でアイスを食いたいと思うけれど、そ
こまで登る苦は勘弁願いたい。死ぬ積りならなんとかなりそうだが、まだ死ぬたく
もなし。
それにもかかわらず人は山に登る。それもより高く、より困難な道をたどる。そ
の苦に立ち向かうさまは、想像さえできない。もしかしてひょっとすると、これは
ホモサピエンスに宿命づけられた運命なのかもしれないが、蒙御免。
山は仰ぎ見るものだと信ずる。