暑からず寒からず本当にいい季節となった。
野に若草の成長を見、山に若葉の輝きを見る。とことこと野道のどこを歩いても楽しい
が、草や木の成長変化が早すぎて、多少気ぜわしいような、もっとゆっくりしたいような、
そんな気持ちもしないではない。それが春の宵の時刻に現れる。
たいがい一日中少しは風が吹いていて、枝先を揺らしたり、草をなびかせたりしている
ものだ。そんな風に何か動くものがあると、時の流れを感じ取ることができる。ところが、
春に宵のひととき、風がぴたりと止み、葉っぱ一つさえ動かずにじっとしている時がある。
こんな時はそれを眺めていて、時が止まったように感じる。カチカチとリズムを刻んでい
た時が、突然ストップし、凍り付いたように動かなくなった。草もなびかず葉も揺れず、あ
らゆるものが微動もせずにそのままの姿を保っている。まるで異世界のようである。
そして脳裏に浮かぶのは、”春宵一刻値千金”。もしかして、今目の前で時が止まってい
る状態を、”値千金”と言ったのではあるまいかと思料する。しかしながら、この感覚はきわ
めて個人的なものだろうから、他の人に説明しても分かってもらえないに違いない。
不思議なことに、この感覚を抱くのは、春の宵だけである。夏、秋、冬、同じように風のな
い宵があったとしても、宇宙の動きが止まっている、という感覚は到底持ちえない。このよ
うな極めて感覚的人間は、他の冷静なる客観的な人と比べ、なにかと面倒くさいようだ。
それでも、春の宵口、サンデッキに出てぼんやり眺めていると、この風が止み、ときが止
まる現象に包まれるときがある。そして”値千金だあ”とつくづく感じられ、なんだかとても
気分がいいのだが、そういう感覚もこき交ぜて、全体としてはどこかに流れてゆくらしい。