八高線の沿線をぽくぽく歩いたことがある。
児玉を過ぎると関東平野の西端に出て、野が広々と広がって来る。その北西遠方には
上州の山々が聳え、高い空にその稜線がくっきりキッパリと区切りを付けている。麓の田
んぼではもう借り入れが始まっていた。まだ9月だったから、この稲は早生種だったに違
いない。空っ風のふるさとは、早々と稲刈りを済ませるのだろう。
ビルも街もない広ろ~~い野を歩いて、胸がすく感じがし、猫背の俯き加減もシャンと
したように思う。独り気宇壮大な気分になって、さあ、矢でも鉄砲でも持って来い、という
気になったが、考えてみたら野っぱらを歩くのに、矢も鉄砲も何もいらない。ただ手と足と
脳みそのひとかけらもあれば十分に間に合う。
田んぼが無限に広がる中をてくてく進んだ。北の方に薄く煙を吐く山が見えたが、あれ
が赤城山だろうか、榛名山だろうか、こういう時、なんの知識も持たない自分がつくづく
情けないと思う。知識はからっきしだが、足があるから、まあ大丈夫だろう。とりあえず行
きたいところに行けるし、五感もまあ大丈夫だから、いろいろ感じ取れる。
ずんずん進んで神流川の岸辺に出た。川岸に遊歩道が整備されていて、桜並木の木陰
を歩き、草原で休憩した。そうして、藤岡の街並みに入った。古い街並みがずう~っと続
いている。先の先まで一直線に続いている。たちまちバテてしまった。街並みに変化がな
いから、ただ俯いて歩くだけ、これがまた思いも知らず疲れてしまう。
そうするうちに、街道は上越新幹線に突き当たった。コンクリートの橋脚が田んぼを切り
裂いて、どこまでも一直線に伸びている。壮大な眺めだなあと、今更ながら感心した。街
道に変化が出てきて、烏川を渡ったら群馬県立美術館がある。歩き疲れたからここで大
休憩しようとしたのだが、如何せん、長く休み過ぎた。ふと気がついたらもう5時近い。
さあ、それからが大変であった。暗くならないうちに高崎駅にたどり着きたい。が、秋の
日は無常、ドカドカ暗くなってゆく。くたびれた、足が痛い、どこまで歩けばたどり着けるの
か、ああ、もう足もとが見えないぞ。夕暮れの家々の明かりも、今はもう悲しく映る。へろ
へろ、よたよた、高崎駅の明かりが見えて、やっとのこと、人心地つけた。
記憶に残るは、広い野と辛い夜道。