2026/03/11

芦野にて柳に偲ぶ西行忌

 

                          (ネットより拝借)


 春まだ浅い時期に芦野の遊行柳へ行った。


 空はすっからかんに晴れて、温かい風が吹いている。那須野原というのか、低い丘陵が

連なる野は広く、遠くの山は紫に霞んでいる。歩いている細道の土手には、若草が萌えだ

し、タンポポの黄色が点々と連なり、連翹が明るく輝いて、とても気分がいい。


 芦野の里道に入ると、田んぼが広がり畦道に可憐な野の花が咲いて、家々の庭には梅

や桃や木瓜の花が咲き、桜もまだ散り残っていた。黒い瓦を乗せた昔ながらの家が点在

し、花に囲まれた里だが、田んぼにも道にも人影はなく、眠ったように静かだ。



 遊行柳は芦野の里の田んぼの中にあった。周りには何もなく、水を引き込む前の田ん

ぼが広がっているばかり。畔のような細道を辿っていくと、狭い畦道に若い柳の木があ

り、柔らかな緑の芽が微かな風に揺れている。桜も一本あったがすでに散ったらしい。


 辺りを見回すと、素朴な自然石の歌碑や句碑が並んでいる。「道のべに清水流るる柳か

げしばしとてこそ立ちどまりつれ」・・・これは西行の歌碑。芭蕉も奥の細道の途次ここに立

ち寄っている。「田一枚植えて立ち去る柳かな」の句碑。「柳散清水涸石處々」は蕪村。



 だたっぴろい那須野が原の、なんと言うこともない芦野の里の、なんでもない田んぼ

の中に、こんなにも有名人の碑が残っている。その何十倍、何百倍もの人が、このひっ

そりした里の田んぼを訪れたのか、想像もつかないけれど、よく今に残ったと思う。


 遊行柳の地にひとしきり佇んで立ち去り、また春爛漫の野道を歩いた。ただ通り過ぎ

てしまうのが勿体ないような、里道の佇まいと申し分ないほどの日和である。春の日は

まだまだ十分高い、さてこの先には、何が待ち受けているのだろう、楽しみだ。




2026/03/10

火の滝が堂に飛び散るお水取り

 

                                                                                                                            (ネットより)


 東大寺のお水取りのころはみっしり寒い、という記憶がある。


 然るに今年はなにやら春めいていて、ほわほわした空気が漂っている。むろん遠く離れ

た奈良だから、直接にお水取りという行事を見たわけではない。だからお水取りの日が寒

いのか暖かいのよく知らないけれど、やはり温暖化で今年は暖かいのではないか?


 テレビなどで見る限り、大たいまつが二月堂の回廊を駆け回るのは、ずいぶん豪放なそ

して豪胆な行事に思える。万事が静かなお寺の行事としては、珍しいのではないか。寒さ

に縮こまっている時期だから、豪放豪胆な炎の行事は見ていて元気が出る。



 このお水取りの行事が終わると、奈良にも本格的な春が来るという。奈良の春、と言え

ばたちまち目の前に牧歌的な妄想が浮かんでくる。広い東大寺の若葉、山の辺の道のタ

ンポポやツクシ、朱塗りが青空に映える朱雀門・・・奈良と言えばなんと言っても牧歌だ。


 奈良には一度だけ行ったことがある。うんと大昔のうんと若いころ一度だけ、どこを巡っ

たのかよく覚えていないけれど、東大寺は微かな記憶が残っていて、たしか二月堂も見た

ように思う。外はバスに乗ってわざわざ法隆寺まで行ったようだが、はっきりしない。



 京都から奈良に言ったので、その落差は大きく感じられた。奈良は取り澄ましたところが

なく、素朴で田舎で、法隆寺の斑鳩あたりはまるでどこかの田舎の野辺を歩いているよう

に感じられた。すっかり気に入って、呑んで遅く帰ったら旅館を締め出された。


 この時は京都、奈良、大阪をちょびっとづつ経巡ったのだけれど、大昔だからもうすっか

り変わってしまって、どこも思い出すこともできないに違いない。こっちの頭の暗闇に、そ

の時の微かな記憶が残ったが、そんな場所はもうどこにもなく、どこかに消えてしまった。



 

2026/03/09

春めいて合掌屋根を葺き替える

 



 白川郷を取り囲む山々に残雪がまだ分厚い


 しかし風はもう春のように温かく、合掌造りの大屋根の間を縫って歩いて心地が良い。

驚いたことに、雪解けが始まったばかりなのに、もう屋根の吹き替えが始まっていた。映像

で見たように村中総出、ということではなく、10人足らずの人足が屋根に上っている。


 これだけの数の茅葺大屋根があるのだから、ひょっとすると雪解けと同時に屋根の吹き

替えを始めないと、又来る冬までに終わらないのかもしれない。しばらく見ていたけれど、

職人たちは要領よくスムーズに、どんどん吹き替えを進めていくようだった。



 里の中の田んぼや畑の隅にまだ少し雪が残っていたが、ほとんどは土が露出して畔に

は若草も萌え、「雪解け」の季節に突入したという風情があふれている。田んぼの間に曲

がりくねる細道は、もうかんかんに乾いてして、土埃が舞うかと思うほどだ。


 家の庭に近所の人が4,5人集まっていどば井戸端会議のようである。この季節、何より

うれしい気持ちになっているだろうと思う。長い雪の下の生活からようやく解放されて、さ

あ、これからは一直線に春に向かう。花が咲き鳥が歌い風が薫る春である。



 里の奥の小高い丘に登ってみた。山にすっぽりと囲まれるように存在している里がひと

目で見渡せる。周りを囲む山肌にはまだ白く輝く雪が残っている。裸になったままの灰色

の雑木が立ち並び、それを杉林が黒く囲んでいる。山はまだ冬のままだ。


 空には白く薄い雲が張り付いて動かない。その雲の下に灰色の乾いた街道が一本貫い

ているのが見える。その街道の右左に合掌屋根が高く抜きん出ている。手前のほうには

雪が解けて畔を現わした小さな田んぼが見下ろせる。里はもう春が始まる。




訪問記録