2025/07/10

波静か伊根の舟屋の夕涼し

 



 伊根の舟屋に着いたのは夕暮れ迫る頃。


 伊根町は丹後半島の突端近くにあり、天橋立からでもまあまあの距離がある。海

岸に沿った道路を、傾いてきた日を追うように、奥へ奥へと進む。だんだんと車が

少なくなって、左手の山の緑、正面の畑などの広がりが強く印象に残っている。


 伊根の舟屋は、もうずいぶんの昔から行ってみたいと思っていた。が、こっちか

らはなにしろ遠い。ようやく機会に恵まれ、出雲へ行く途中に立ち寄ることが出来

たのは、もっけの幸い。ようやくあこがれの人に会えるのだ。



 たどり着いた時はすっかり暗くなっていた、なんてことになったら長年の夢が雲

散霧消してしまう。早く、早くと思いながらたどり着いて、幸い海岸ぷちの駐車場

に止めることが出来た。はやる心を抑えながら車から降りた。


 目の前の海の向こうにも、こっちの海岸の先にも、あっちもこっちも舟屋だらけ

だ。こんなにどこもかしこも舟屋があるとは知らなかった。目に入る海岸端はすべ

てずらりと舟屋が並んでいる。遠くの海岸にも並んでいる。


 興奮の時が過ぎて気持ちが落ち着いてきた。海は夕暮れの中で静かに揺蕩ってい

る。さざ波に日が反射してきらきら光る。舟屋は舟小屋の口を開けたまま、夕暮れ

の薄明りに溶け込もうとしている。ちゃぷりという波音だけが聞こえてくる。



 舟屋という形が、よくぞ今日まで残ってきたものだと思う。大きな若狭湾の中の

更に湾入した地形だから、海が元来静かなのだろう。直接大洋に面した海岸なら

ば、とてもこういうわけにはいかないだろうナア。


 これからも長く残ってほしいと思う。こっちの行く先は短いからもう見ることも

ないだろうけれど、素朴で静かで、だれもがほっとするような、いい眺めである。

住み心地、建て替え、いろいろ問題はあるのだろうが、是非残ってほしいものだ。


 願わくば、この近くに津波がなきように。




2025/07/09

今ここに夕立よ来い昼下がり

 



 毎日、どしゃ~っと夕立に来てもらいたい。


 そうして、ありとあらゆるものを、びしゃびしゃに濡らして、さっと引き上げて

もらいたい。葉っぱも地面も濡れそぼった後、かそけき風が吹いて、得も言われぬ

涼しさが身を包むであろう。第一にこのくそ暑い中で植木に水をやらなくて済む。


 夕立が来そうな気配は毎夕あるのだが、どうももう一つ決断がつかないらしく、

空振りに終わっている。遠慮する必要はない、ドンガラカッタと来てもらい大雨を

降らせてもらっていい。その代わり長居は無用、さっさとどこかに行ってくれ。




 天気予報は随分精密で確実性が高くなったが、夕立がどこに、いつ降るのかまで

は正確には分からないらしい。予報官は「雨マークが無くてもにわか雨」なんて一

つの逃げを打っているが、俄かに降るんだから予報なんて難しいに決まっている。


 にわか雨=夕立なんて言わずに、「気まぐれ雨」という名にすれば、予報官の苦

し紛れもだいぶ緩和されるであろう。予報を受け取るこっちも、気まぐれなんだか

らあてにしても、あてにしなくても、どっちだっていいや、と開き直れる。



 朝に夕立に会ったことがある。野っぱらを歩いている9~10時ころ、急に空が夜

のように暗くなって、向こうの山は真っ黒い雲に覆われて見えなくなった。風がさ

ぁ~~っと吹いて来て、田んぼの稲がざわめきだした。風の道が見えた。


 雨だ!! と思っているうちにインゲン豆ほどの雨粒がぼたぼたと落ちてきた。

運よく近くに無人駅があったので逃げ込んだとたん、ばしゃ~~と本降り、駅前や

道路にたちまち水があふれ、何もかもぐっしょりと濡れそぼってしまった。


 20分ほどで朝の夕立ちはどこかに行ってしまったが、野っぱらを一日歩いたその

夕方、山の中で今度は本物の、正式な、由緒正しい夕立が来た。朝の夕立がここま

で追っかけてきたのかどうか知らないが、今度は雨具でしのぐしか手がなかった。


 とにもかくも、夕立に期待す。




2025/07/08

奥山の里に鬼百合派手やかに




 しかしまあ、鬼とはよく名付けたものだ。


 赤鬼を連想させるらしいが、この世で赤鬼を見た人がいるのだろうか。花そのも

のは大きく豪華で綺麗なのに、何もこんな名前を付けなくてもいいだろうに。その

おかげで名前からくるイメージが、実際の花と大いに違う。


 山深き里の夏の日、周りは眠ったように人影がないけれど、家の周りの畑には夏

の花々が生きいきと咲いていた。おいらん花、ヒャクニチソウ、ミソハギ、ツキミ

ソウ・・・どれもこれもが我が世の天下、という顔で咲いている。




 山奥で空気がいいせいか、はたまた畑の栄養がいいせいか、街の畑の花とは勢い

が違う、瑞々しさが違う、ようするに溌剌、生き生きとしている。花が生きいきと

して輝きを放っているような場合を見ることは少ない。


 たいていどこかしら草臥れたような、生気のないような、「わし、もうダメです

ねん、元気出まへんよって、このまま眠らせてもらえんか」なんて顔をしている。

花だって都会の生活はしこたま辛いらしい。




 この日一日、山里の一本道を登ったり下ったりして、花を見、沢の音を聞きなが

ら歩いた。頭の上からじりじりと日が照るけれど、山がすぐそこだから風は爽やか

だ。それにもかかわらず、どこを見ても人がいない。閉じ籠っているのだろうか。


 沢が砂防ダムでせき止められ、滝のように轟々と流れ落ちる場所で、ようやく一

人の釣り人に出会った。釣れるまで見ていてやろうと思ったが、たちまち大きなイ

ワナのような一匹を釣り上げた。


 思わず、こっちから「いえ~ィ、大成功!? 」と声を上げたら、向こうは右手

を大きく上げて、ガッツポーズをした。あんなに簡単に釣れていいものだろうか、

よほどの腕の釣り人なのだろうか。釣りをしたくなってきた。


 山深き里、バンザイ! 




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