2025/09/13

秋の夜は澄んだ地酒を一人旅



 

 新潟の旅の思い出がある。

 

 八海山のふもとを巡ってから、夕刻になって低い峠道を恐る々々走って十日町に着い

た。まだ少し明るかったので、その辺りをぶらぶら散歩してみたが、人影も少なく寂しい街

並みが続いている。一本の線路が遠い山の方から伸びてきて、街並みを突っ切って、どこ

かまた遠くの方へ続いているらしかった。


 夜になってから、街の中心と思われる商店街に行ってみたが、ほとんどの店が戸を下ろ

して、暗い侘しい街灯がところどころを影のように照らしている。むろん歩いている人など

ついぞ見かけない。惻々と旅情が湧いて来て、どこかで一杯、と思ったが、居酒屋さえ見

つけるのが難しい。ようやく明かりがついている一軒を見つけて入った。



 ほかに客はいず、暗い灯影のカウンターに座ってコップ酒を一杯飲んだ。亭主は無口な

のか、なんだかしけた顔で動いている。この街はどこへ行っても、この暗い影が付きまとっ

ているのではないかと思われた。陰気で静かなときが過ぎてゆく。なにしろ、この居酒屋に

も、表の通りにも、まったく人の気配がない。


 少し酒が回ってきたので、この街の特徴はなんだろう、と聞いてみた。亭主は暗い顔の

まま、まあ、雪だナ、雪なら売るほどある、それともう一つは織物かなぁ、と言った。しかし

雪はともかく、織物も近年は不振で話にならないそうだ。どこまで行っても話は至って不

景気だ、だんだんにこっちまで詫びしくなるばかり、それで店を出た。



 なんだかつまらないなあ、と思いながら知らない街角を曲がったら、また一軒明かりが

ついた店があった。なにやら料亭のような構えの店である。高いんじゃないかナ、と思った

が、他に店がないから仕方がない、思い切って入ってみた。小さなカウンターが一つあっ

て、奥の厨房にはおじさんが忙しそうに料理を作り、おばさんが4,5人いる。


 さっきの店よりだいぶ賑やかそうだ。奥の部屋に宴会が入っているらしく、あまりこっち

を相手にしてくれない。隣にひとり、影のような男がビールを呑んでいた。地酒を、という

と八海山が出てきた。目の前に茶色の羊羹みたいなものがある。なんだ、と聞いたら、な

んとかいう海藻を固めたものでこの辺りにかない、というので食ってみた。


 なるほど、なんとかいう海藻は磯の香り芬々で珍しくそして旨かった。もう一杯、このあ

たりの地酒を、というと、確か「田鶴(たず)」と言ったか、それを出してきて、ちょっと高い

が旨いよという。呑んでみたらこれが素晴らしく旨かった。きれいな沢水のようにすっきり

した味で、まったく雑味がない。なんだか急に元気が出てきたように気がした。


 いっぱいの地酒のおかげですっかり元気になって帰った。




2025/09/12

豪雨来て都会の川も秋出水

 



 品川あたりが大変なことになっているようだ。

 

 テレビの映像は、一気呵成の大土砂降りでマンホールから水が噴き出すは、たちまち川

が溢れて道路が川に変ずるは、停電はするは、竜巻は吹き荒れるは、いやはや、ついぞ見

たこともない大水害を映し出している。都会には洪水や土砂崩れなどは、まずないものと

思っていたが、どこだって温暖化の「あばれ気候」はおんなじものだと思わされた。


 都会が度々自然災害に見舞われるなら、まず住民が黙っていないだろうと思う。いつだ

ったか遠い昔、狛江市の住宅が多摩川の増水で流されたことがあった。たちまち住民訴

状が起きて、すったもんだの大騒ぎになったことを覚えている。これに懲りたかどうか、都

会の河川はちょっとやそっとの増水を屁ともしないよう万全を期しているらしい。



 しかし今回は、我が住む多摩地方はほぼ被害なしだった。確かに夕刻、恐ろしいほどの

雨が降ったが、それも小一時間ほどで止み、あとはなにごともなかったかのように静かに

なった。それなのに品川あたりがあんな大変なことになっているとは夢しらず、帰宅してテ

レビを見てびっくりした。この頃は一点狙いの大豪雨が起るらしい。


 これも「オンダンカ」なのかどうか知らないが、昔と明らかに違って、降るとなれば激甚、

晴れるとなれば、これもまた激甚に暑い日照りが続き、もう、ほどほどに中庸にということ

がない。なぜ昔と違ってこういうことになるのか、そこんところをじっくりと教えてもらいた

いものだ。もはや、今まで通りの対策では災害は防げないし、人も亡くなる。



 これだけ激甚が頻繁すれば、もう「想定外」は通じない。今までの想定をこの際キッパリ

捨て去って、十分な嵩増しの想定をすべき時代に入っているのではないのか。そういう対

策もなく、ただただ「想定外」を繰り返されたんじゃあ立つ瀬がないというもの。その要路

の人はもちろん、われら庶民もそういうことを考えなばならない時代なのかもしれない。


 ともあれ、社会の風潮はどんどこ変わってゆくのに、天候、気候だけは変わらないと思う

のは、間違いなのかもしれない。地球そのものもゆっくりと、しかし地道に変わりゆくもの

なのかもしれない。そういう意識にならされていないから、われ等はこの地球もお天道様

も変わらない、と思っている。しかし宇宙開闢以来、変わってきたことは事実なのだろう。


 話が大げさになって取り留めもつかない。




2025/09/10

空高し赤城のふもと早生実る

 




 八高線の沿線をぽくぽく歩いたことがある。


 児玉を過ぎると関東平野の西端に出て、野が広々と広がって来る。その北西遠方には

上州の山々が聳え、高い空にその稜線がくっきりキッパリと区切りを付けている。麓の田

んぼではもう借り入れが始まっていた。まだ9月だったから、この稲は早生種だったに違

いない。空っ風のふるさとは、早々と稲刈りを済ませるのだろう。


 ビルも街もない広ろ~~い野を歩いて、胸がすく感じがし、猫背の俯き加減もシャンと

したように思う。独り気宇壮大な気分になって、さあ、矢でも鉄砲でも持って来い、という

気になったが、考えてみたら野っぱらを歩くのに、矢も鉄砲も何もいらない。ただ手と足と

脳みそのひとかけらもあれば十分に間に合う。



 田んぼが無限に広がる中をてくてく進んだ。北の方に薄く煙を吐く山が見えたが、あれ

が赤城山だろうか、榛名山だろうか、こういう時、なんの知識も持たない自分がつくづく

情けないと思う。知識はからっきしだが、足があるから、まあ大丈夫だろう。とりあえず行

きたいところに行けるし、五感もまあ大丈夫だから、いろいろ感じ取れる。


 ずんずん進んで神流川の岸辺に出た。川岸に遊歩道が整備されていて、桜並木の木陰

を歩き、草原で休憩した。そうして、藤岡の街並みに入った。古い街並みがずう~っと続

いている。先の先まで一直線に続いている。たちまちバテてしまった。街並みに変化がな

いから、ただ俯いて歩くだけ、これがまた思いも知らず疲れてしまう。



 そうするうちに、街道は上越新幹線に突き当たった。コンクリートの橋脚が田んぼを切り

裂いて、どこまでも一直線に伸びている。壮大な眺めだなあと、今更ながら感心した。街

道に変化が出てきて、烏川を渡ったら群馬県立美術館がある。歩き疲れたからここで大

休憩しようとしたのだが、如何せん、長く休み過ぎた。ふと気がついたらもう5時近い。


 さあ、それからが大変であった。暗くならないうちに高崎駅にたどり着きたい。が、秋の

日は無常、ドカドカ暗くなってゆく。くたびれた、足が痛い、どこまで歩けばたどり着けるの

か、ああ、もう足もとが見えないぞ。夕暮れの家々の明かりも、今はもう悲しく映る。へろ

へろ、よたよた、高崎駅の明かりが見えて、やっとのこと、人心地つけた。


 記憶に残るは、広い野と辛い夜道。




訪問記録