新潟の旅の思い出がある。
八海山のふもとを巡ってから、夕刻になって低い峠道を恐る々々走って十日町に着い
た。まだ少し明るかったので、その辺りをぶらぶら散歩してみたが、人影も少なく寂しい街
並みが続いている。一本の線路が遠い山の方から伸びてきて、街並みを突っ切って、どこ
かまた遠くの方へ続いているらしかった。
夜になってから、街の中心と思われる商店街に行ってみたが、ほとんどの店が戸を下ろ
して、暗い侘しい街灯がところどころを影のように照らしている。むろん歩いている人など
ついぞ見かけない。惻々と旅情が湧いて来て、どこかで一杯、と思ったが、居酒屋さえ見
つけるのが難しい。ようやく明かりがついている一軒を見つけて入った。
ほかに客はいず、暗い灯影のカウンターに座ってコップ酒を一杯飲んだ。亭主は無口な
のか、なんだかしけた顔で動いている。この街はどこへ行っても、この暗い影が付きまとっ
ているのではないかと思われた。陰気で静かなときが過ぎてゆく。なにしろ、この居酒屋に
も、表の通りにも、まったく人の気配がない。
少し酒が回ってきたので、この街の特徴はなんだろう、と聞いてみた。亭主は暗い顔の
まま、まあ、雪だナ、雪なら売るほどある、それともう一つは織物かなぁ、と言った。しかし
雪はともかく、織物も近年は不振で話にならないそうだ。どこまで行っても話は至って不
景気だ、だんだんにこっちまで詫びしくなるばかり、それで店を出た。
なんだかつまらないなあ、と思いながら知らない街角を曲がったら、また一軒明かりが
ついた店があった。なにやら料亭のような構えの店である。高いんじゃないかナ、と思った
が、他に店がないから仕方がない、思い切って入ってみた。小さなカウンターが一つあっ
て、奥の厨房にはおじさんが忙しそうに料理を作り、おばさんが4,5人いる。
さっきの店よりだいぶ賑やかそうだ。奥の部屋に宴会が入っているらしく、あまりこっち
を相手にしてくれない。隣にひとり、影のような男がビールを呑んでいた。地酒を、という
と八海山が出てきた。目の前に茶色の羊羹みたいなものがある。なんだ、と聞いたら、な
んとかいう海藻を固めたものでこの辺りにかない、というので食ってみた。
なるほど、なんとかいう海藻は磯の香り芬々で珍しくそして旨かった。もう一杯、このあ
たりの地酒を、というと、確か「田鶴(たず)」と言ったか、それを出してきて、ちょっと高い
が旨いよという。呑んでみたらこれが素晴らしく旨かった。きれいな沢水のようにすっきり
した味で、まったく雑味がない。なんだか急に元気が出てきたように気がした。
いっぱいの地酒のおかげですっかり元気になって帰った。
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