2025/09/15

夕月や旅の宿まで付いて来い



 

 なんだか随分久しぶりに月を見た気がする。


 ここへきてやや凌ぎやすくなって、ふと空を仰いだら薄い夕焼雲の向こうに月が照って

いた。そうか、いたのか月が、どこかへ行ってしまったかと思っていたが、いたんだね、相

変わらずに、まあこれから秋だから、安生よろしく。と挨拶したけれど、毎日毎夜、猛暑

苦しめられ、月を見る余裕などなかった、ということか。


 どういうわけか知らないが、月の晩に歩いていたりすると、月がどこまでもどこまでも付

いてくる。どうも離れようとしない。ついついこっちも、月と同行二人という気になって、旅

の夕べを二人で歩いているような妄想が湧き、なんだか楽しくなる。まあ蚤の心臓の持ち

主だから、夜道に迷って宿を探す、なんてことはめったに無いのだけれど。



 それにしても昔の日本人は、月に対して随分思い入れが強かったようである。月の呼び

方がうんとある。三日月や満月ぐらいならわかるけれど、二日月、十三夜月、小望月、十

六夜月、立待月、居待月、寝待月・・・などと来た日にゃあ、なにがなんだかチンプンのカン

プン、ただ「ツキ」と言えば済むものを、なんでこんなに細かく分類するんだ?


 なにぶん平安貴族なんて人達は、不労所得者、いっかな働かずに悠悠閑々、優雅な暮

らしを楽しんだ。ゆえに死ぬほどは暇だったはずである。なあ~んもすることがないから、

まあ月でも眺めてのんびり暮らしていたのだろう。それゆえに、こんなにたくさん月の呼び

名があるに違いない。それを便々と受け継ぎ守ってきたのだから、これもエライ!



 そんなに細かく月を眺め、恐ろしいほど暇だったら、日本で暦(陰暦)を発明してもよか

ったのではないか。どうでもいいような月の呼び名など考えていないで、観測し、計算し、

そうして暦を発明すればよかったのに。どうもご先祖様は、そっちの方にはいっかな関心

がなかった、という事なんだろうか、それともそんな野暮は扱わない、という事か。


 せめて暦を発明していれば、大いに威張ることができたはずだ。そしてみっちりと自慢で

きる。このごろ、日本人がなにか偉業を成し遂げてほしいと、ひたすらに思う。実質的に、

日沈む日本があからさまな時代だから、よけいにそう思うのかもしれない。世界に向かっ

て、どうだ! 日本人はこんなにエライのだゾ、と大威張りしたいと思う。


 誰か大威張りさせてほしい。



2025/09/13

秋の夜は澄んだ地酒を一人旅



 

 新潟の旅の思い出がある。

 

 八海山のふもとを巡ってから、夕刻になって低い峠道を恐る々々走って十日町に着い

た。まだ少し明るかったので、その辺りをぶらぶら散歩してみたが、人影も少なく寂しい街

並みが続いている。一本の線路が遠い山の方から伸びてきて、街並みを突っ切って、どこ

かまた遠くの方へ続いているらしかった。


 夜になってから、街の中心と思われる商店街に行ってみたが、ほとんどの店が戸を下ろ

して、暗い侘しい街灯がところどころを影のように照らしている。むろん歩いている人など

ついぞ見かけない。惻々と旅情が湧いて来て、どこかで一杯、と思ったが、居酒屋さえ見

つけるのが難しい。ようやく明かりがついている一軒を見つけて入った。



 ほかに客はいず、暗い灯影のカウンターに座ってコップ酒を一杯飲んだ。亭主は無口な

のか、なんだかしけた顔で動いている。この街はどこへ行っても、この暗い影が付きまとっ

ているのではないかと思われた。陰気で静かなときが過ぎてゆく。なにしろ、この居酒屋に

も、表の通りにも、まったく人の気配がない。


 少し酒が回ってきたので、この街の特徴はなんだろう、と聞いてみた。亭主は暗い顔の

まま、まあ、雪だナ、雪なら売るほどある、それともう一つは織物かなぁ、と言った。しかし

雪はともかく、織物も近年は不振で話にならないそうだ。どこまで行っても話は至って不

景気だ、だんだんにこっちまで詫びしくなるばかり、それで店を出た。



 なんだかつまらないなあ、と思いながら知らない街角を曲がったら、また一軒明かりが

ついた店があった。なにやら料亭のような構えの店である。高いんじゃないかナ、と思った

が、他に店がないから仕方がない、思い切って入ってみた。小さなカウンターが一つあっ

て、奥の厨房にはおじさんが忙しそうに料理を作り、おばさんが4,5人いる。


 さっきの店よりだいぶ賑やかそうだ。奥の部屋に宴会が入っているらしく、あまりこっち

を相手にしてくれない。隣にひとり、影のような男がビールを呑んでいた。地酒を、という

と八海山が出てきた。目の前に茶色の羊羹みたいなものがある。なんだ、と聞いたら、な

んとかいう海藻を固めたものでこの辺りにかない、というので食ってみた。


 なるほど、なんとかいう海藻は磯の香り芬々で珍しくそして旨かった。もう一杯、このあ

たりの地酒を、というと、確か「田鶴(たず)」と言ったか、それを出してきて、ちょっと高い

が旨いよという。呑んでみたらこれが素晴らしく旨かった。きれいな沢水のようにすっきり

した味で、まったく雑味がない。なんだか急に元気が出てきたように気がした。


 いっぱいの地酒のおかげですっかり元気になって帰った。




2025/09/12

豪雨来て都会の川も秋出水

 



 品川あたりが大変なことになっているようだ。

 

 テレビの映像は、一気呵成の大土砂降りでマンホールから水が噴き出すは、たちまち川

が溢れて道路が川に変ずるは、停電はするは、竜巻は吹き荒れるは、いやはや、ついぞ見

たこともない大水害を映し出している。都会には洪水や土砂崩れなどは、まずないものと

思っていたが、どこだって温暖化の「あばれ気候」はおんなじものだと思わされた。


 都会が度々自然災害に見舞われるなら、まず住民が黙っていないだろうと思う。いつだ

ったか遠い昔、狛江市の住宅が多摩川の増水で流されたことがあった。たちまち住民訴

状が起きて、すったもんだの大騒ぎになったことを覚えている。これに懲りたかどうか、都

会の河川はちょっとやそっとの増水を屁ともしないよう万全を期しているらしい。



 しかし今回は、我が住む多摩地方はほぼ被害なしだった。確かに夕刻、恐ろしいほどの

雨が降ったが、それも小一時間ほどで止み、あとはなにごともなかったかのように静かに

なった。それなのに品川あたりがあんな大変なことになっているとは夢しらず、帰宅してテ

レビを見てびっくりした。この頃は一点狙いの大豪雨が起るらしい。


 これも「オンダンカ」なのかどうか知らないが、昔と明らかに違って、降るとなれば激甚、

晴れるとなれば、これもまた激甚に暑い日照りが続き、もう、ほどほどに中庸にということ

がない。なぜ昔と違ってこういうことになるのか、そこんところをじっくりと教えてもらいた

いものだ。もはや、今まで通りの対策では災害は防げないし、人も亡くなる。



 これだけ激甚が頻繁すれば、もう「想定外」は通じない。今までの想定をこの際キッパリ

捨て去って、十分な嵩増しの想定をすべき時代に入っているのではないのか。そういう対

策もなく、ただただ「想定外」を繰り返されたんじゃあ立つ瀬がないというもの。その要路

の人はもちろん、われら庶民もそういうことを考えなばならない時代なのかもしれない。


 ともあれ、社会の風潮はどんどこ変わってゆくのに、天候、気候だけは変わらないと思う

のは、間違いなのかもしれない。地球そのものもゆっくりと、しかし地道に変わりゆくもの

なのかもしれない。そういう意識にならされていないから、われ等はこの地球もお天道様

も変わらない、と思っている。しかし宇宙開闢以来、変わってきたことは事実なのだろう。


 話が大げさになって取り留めもつかない。




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