2025/10/18

ゆかしさや陽に照り映える式部の実

 



 ムラサキシキブの実はきれいだと思う。


 花もきれいらしいけれど、なにしろ小さい、それだからあまり目立たない。それゆえに、し

げしげと見たことがない、が、10月ともなれば、きれいな紫色に染まった実が、オラオラ、と

葉っぱの表に顔を出し、大いなる自己主張を展開してくる。


 この木(落葉低木であるらしい)は、山道などではあまり見かけないが、家の近く、民家

のあるところでしばしば見かける。見かければどうしたって、まあ一枚、とそそくさと撮影し

にかかる。もう何回も写したんだから、よせばいいのにと思いながら、また映す。



 なんと言っても紫の色合いが深沈と沈んでいるようで、それでいて陽ざしに浮き上がっ

てくるようで、まあなんとも言えない色だ。見ようによっては、小さな小さな宝石のようで

あり、アメシストの輝きさえ感じられるほど。(アメジストを実際に見たことないけど・・・)


 紫色は、仄聞するところ、古代のやんごとなき御方に限ったものだという。だからエライ

と思うのではなく、色そのものがきれいなのだ。名前がまた、ムラサキシキブなんていう古

代王朝の女性の名と同じだから、イヤ増してやんごとなさを醸し出しているかも。



 これに限った話ではないが、自然が作った形や色合いは、どう人間が頑張ってみても追

っつかない。だからこそ、花を愛で、宝石に憧れるのだろうけれど、月にロケットは飛ばせ

ても、自然が創ったものを何一つ創れないのだから、あんまり威張れたものじゃない。


 それだから、まあなるべく謙虚にしていたいと思う。しかしあんまり謙虚正直イッテバリ

だと、金儲けサギの餌食されないとも限らない。謙虚であってしかも油断なく。これはこれ

でなかなか難しい難儀な業だ。この世に生きてい行くのは、これで案外難しい。




2025/10/17

離村するひと見送るや秋の風

 



  

 限界集落なるものはどんどん増えているのだろうか。


 実態をよく知らないが、たぶん増えているのではないかと思う。これに関しては30年ほ

ど前の、「花のあとさき」というNHKドキュメンタリーが深く印象に残っている。秩父の山

間地にすむ老夫婦が、もう畑も出来なくなって、そこへ花の木を植えてゆく話だった。


 が、その集落はなにしろ不便、住民が一人去り二人去って、遂には誰もいなくなってしま

うという、まるで限界集落が崩れてゆくその過程を見せてくれた。それで、限界集落とい

う、単なる言葉だけではなく、その現実を目の当たりに見たような気がした。



 しかし、と余所から、それもテレビを通して見ていた、アホンダラはこう思った。医者もね

え、スーパーもねえ、そんな不便な土地に頑固に住み続けなくてもいいじゃないか、さっさ

と街場に降りていって、そこで安楽にゆっくり暮らせばいいんでないかい、と。


 今思えば、しかしこれはやっぱりよそ者の勝手な考えであったと思う。そこにあくまでも

住み続けたいという、そういう、人の心情を一個だに考慮せざる、アホな考えであった。長

年暮らし、苦労を重ねてきたその土地がどれほど大切なものか、汲みとれなかった。



 ところで、日本はどんどこ人口が減っているらしい。これはもう、ちょっとやさっとではど

うにも止めようがないらしい。そいうすると限界集落なるものもどんどこ増えていくのだろ

うと思う。これもやっぱり、ちょっとやさっとではどうにもならないに違いない。


 で、翻って、人口が減る、それのどこがイカンというのだろうか。アホンダラはそこがよく

呑み込めない。人口が減れば、今まで死ぬほどだった住宅難も解消、大学だってゆるゆる

入学、通勤地獄解消、ひとり当たりの土地が広くなって、ゆったりできて、いいことづくめ。


 山間部が限界集落となって、そして消えてゆく、そこに長年住んできた人たちの思いは

それとして理解しようと思うけれど、人口減少に伴う致し方ない状況であれば、それはそ

れで仕方がないと思う。また、人口減少そのものだって、悪いことばかりではなさそうな。


 行く川の流れは、万物流転!




2025/10/16

晴天の赤城を仰ぎ稲を刈る




 秋の空が清々しく晴れて稲刈。


 いくらコンバインで刈り取ってしまうとは言っても、やはり収穫の喜びはひとしおではな

かろうかと御推察申し上げる。五月に苗を植え、無事に育てよと我が子のように思い、梅

雨時の大雨を心配し、夏の日照りにおろおろし、9月の台風を恐れ、やっと収穫。


 やれやれと、どれだけ安堵するか、お百姓でないのでその機微はうかがい知れずと言え

ど、まあ稲刈りは特別なものであろうと思う。言ってみれば、一年の計は田植えにあり、一

年の収めは稲刈りにあり、というようなものではないかと推察する。



 子供のころ、友達の家の田植えの手伝い(専ら邪魔をし)に行ったことがある程度で、そ

の後の苦労と心配は、むろんのこと心の片隅にもとどめることはなかった。そうして稲刈り

の時期ともなれば、ひたすら野っぱらをすっ飛んで歩き、栗なんぞを拾って遊んでいた。


 だから作物を育てることの、ほんとうの苦労やら心遣いやら心配など、なにも知らずにノ

ホホンといつの間にやら大きくなってしまった。今にして思えば、仕事はなんでも苦労がつ

きものなのだから、稲を育てて米にすることが、なにほどの苦労かと思う。



 作物を育て収穫するのは、なんと言っても自然が相手のこと、そしてその自然は決して

こっちの思う通りにはならないこと、場合によっては手の施しようもなく、ただおろおろ見

守るしかない仕事であってみれば、工場で品物を作るのとはわけが違う。


 その苦労と心情を慮りもせず、ごく当たり前の顔をしてコメを買って食ってきた。ここへ

て、米高騰のあおりを喰らって、遅まきながらそういうことも頭に浮かぶようになった

が、しかし、である。お百姓さんの苦労を思いながら、コメは備蓄米と決めている。


 


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