2025/10/23

ひとり待つ身にしむ風の無人駅

 



 秋の夕暮れの無人駅。


 ひとしお風が身に沁み入って、惻々として背中のあたりがなにやら寒い。これが嫌だか

らなるべく日のあるうちに駅に着きたいと思うが、場合によって陽が陰って、急速に薄闇

が木や森の間から沁みだしてくるころ、朽ちかけたホームにひとり佇むときがある。


 いくら待っても電車はくる気配さえない。遠くにぽつんと見える人家には、明かりさえ見

えない。周りに音はなく、ただときおり枝が風にさわさわと揺れるばかり。この世に誰もい

なくなって、独りぽつねんと取り残されたような寂しさが身を包み、こころを支配してくる。


 

 八高線などは軒並み無人駅となった。そして駅前にあった小さな食堂や雑貨店なども軒

並み無住となって堅く雨戸を閉ざすばかり、まるでゴーストタウンのように、ただ風がひゅ

~ひゅ~と吹き抜けている。いずれ遠からぬうちに土に紛れて消えてゆくのだろう。


 無人駅ならまだしも、線路ごと打っちゃられて消えてしまった鉄道が、ことに北海道には

多いようだ。道東のオホーツク海岸を延々と走っていた鉄路がごっそりと消えてしまい、

枯れ草がびょう~っと風に吹かれているだけになったらしい。



 人は鉄道に背を向けて顧みず、駅前は人が集まる場所ではなくなった。寂しい限りだと

思うけれど(乗り鉄ではないが・・・)、これもまた世の中の、どうとどめようもない変化であ

ってみれば、抵抗してみても糠に釘、止むを得なければ仕方がない。


 それはそれとして、無人駅の風に吹かれて感ずる寂寥は、”たそがれ族”特有のものだろ

うか? 世の中は絶えず変化して止まぬ、それについて行けぬ”たそがれ族”は、見通せぬ

未来に希望なく、過ぎて帰らぬ過去に、ながあ~いため息をつくのだろうか。



2025/10/22

振り仰ぐ野山の錦北の旅

 



 山肌全部が紅葉に燃えている。


 全山錦織り成す、という感じで思わず目を剥いてしまう。これが自然の山というものな

んだろうナア、いま住んでいる地域はとてもじゃないが、こんな按配にはならない。なにし

ろ杉や檜ばっかりで、鬱蒼と、黒々として秋を迎えているから、見るべきものはない。


 紅葉はやはり北国のものではないかと思う。ことに北海道ならば、赤や黄がことのほか

冴えて美しく、なおかつ雄大な景色が広がるらしい(なにしろ実際の景色を見たことがな

いのだから、悔しい! )。写真で見てさえ、なにしろ気宇壮大な気分になる。



 東北地方だってユメ侮るなかれ、その宏壮さにおいて北海道にちょっと及ばないかもし

れないが、なにしろ重なりあう山肌すべてが赤や黄や緑に覆われて、柔らかな穏やかな陽

ざしをきらきらと照り返す景観は、これはもう何とも言いようがないくらいだ。


 おい、おい、京都を忘れちゃいませんか? 忘れているわけではないけれど、あれはなん

というか、人の手で造り出された景観のように思う。それはそれで見事なのだろうが、や

はりなんと言っても、自然が作り出す眺めに勝るものはないようだ。



 北海道はもう初雪だとテレビが言っていた。とすると錦織り成す壮大な眺望も雪に枯れ

てしまうのだろうか? ほんとに紅葉の時期は短い。一週間もすればすべてが茶褐色に変

わってたちまち灰色の冬景色なってしまう。雪の景観もまたそれはそれだろうけれど・・・


 このところ、こっちも、うんと寒い。大慌てに慌てて冬の衣服を引っ張り出し、足温器さえ

持ってきて電源を入れた。このまま冬に突入だとすれば、なんとまあ、秋はあっという間だ

ったろうか。怖れているように、春と秋がぐっと縮んで、夏と冬ばっかりになっちまうのか。


 さあ、寒さに向けて一丁気合を入れるか。 


 

2025/10/21

眺めやる佐渡は秋天高くあり




 

 良寛の視線の先に佐渡がうっすら見えている。


 空は晴れあがって穏やかな陽ざしが降り注ぎ、日本海は青く穏やかで清々しい。とき

き波が寄せて崩れる優しい音が聞こえてくる。疾風怒濤の日本海はまだまだ先のようだ

が、裏山の木々の梢がほんのりと色付いてきている。厳しい冬が来るのだろう。


 良寛の背中がどこか寂しそうだが、向こうへ廻って顔を覗き込むと、目が吊り上がって

狐のような顔をしいている。優しい好々爺の面影は見えず、厳しい修行僧の風貌を見せ

ている。里の童と蹴鞠を突いて遊んだような、そんな顔つきではなかった。



 佐渡島は、ふたつの峰の間に僅かな平地があるだけで、ほぼ山ばかりという印象の島

である。その平地の狭い道を走ると、漆喰ではなく板壁の家々が並んでいて、その板壁

も厳しい潮風にたわめられ、剥がされたりしていた。寂しい風景が目に映った。


 宿の風呂場に畳みたいなものが敷かれてあったので、とても驚いた。その畳みたいなと

ろで体を洗うのだ。お湯は真っ黒けのケで、これもまたびっくりしたが、お湯そのもの

は、しっとりと優しく肌を包み込んで、まったりと入っていられる。



 狭い山道を辿って、むろん金山にも行ってみた。なにがしかを払って狭い坑道に入る。

暗くて狭くて寒い坑道のところどころにマネキンが置いてあり、電気仕掛けで腕を動かし

ている。なにやらオバさん風の女性もいて、崩したごろた岩を籠に入れている。


 むろんのこと誰もが和服の着物や半纏であって、こういう作業には大変な違和感があ

る。手にするものはせいぜい鏨と金槌、あるいはよくてツルハシであって、当然と言えば

当然だが、どれほどの厳しい労働だったかが、見しみてよく分かった。


 坑道を抜けてほっとして息を思い切り吸い込む。なんだか今まで息を止めていたような

気がする。振り返ってみると、山の頂が鉞で立ち割ったように割れている。掘って掘って掘

りまくり、遂に山まで割ってしまったのかと思った。凄いものを見たもんだ。




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