2025/10/30

先がけて花水木の葉紅葉す

 



 花水木の葉が赤く染まってきた。


 ほかの木々がまだ真緑だというのに、そんなことは知ったこちゃなく唯我独尊、堂々と紅

葉して憚らない。エライもんである。桜は薄茶色になって散ってゆくが、この葉っぱは鮮や

かな赤色を陽に照らして、どうだ! とばかり威張っているんである。


 よくよく見れば、案に相違して、この紅葉はなかなかにきれいである。なんでもそうだ

が、よくよく見る、というのが大事である。ぼわっとただ目に映しているだけでなく、じっく

りとよ~く見る、これが大切なんだが、いつもちらっと見て、それで見た気になっている。



 それではモノを見たことにならない、見るという言ことは、観察することである。観察すれ

ば、いろいろなものの本質が見えてくるのだ、と他人に教えられるのだが、これができそう

で案外できないから、いつもチラ見はいかん、観察だ、言い聞かせねばならない。


 そのように考えると、今までこの永いながい年月、なあ~んにも見てこなかったような気

がする。なんだってかんだって、ちょっと見ただけで、ハイ、次行こう、という気持ちになっ

てしまい、次から次、目の端に引っ掛けただけで過ごしてきてしまった。

 


 例えば、起きている以上何かしらを眼にして見ている。そのすべてをジイ~っと見る、つ

まり観察する、というわけにはいかない。そんなことをすれば、安物の脳みそにたちまちヒ

ビが入って、大爆発を起こしてしまう。そういうことはまずできない。


 となれば、一点集中、なにかを選んでじっくりと見る、観察する、というテしかないと思う

が、この選ぶ、というのがまた難しい。なにが重要で、なにが重要でないのか、それが分か

らない。分からなければ選びようがないから、すべてはチラ見となってしまう。


 じつに困ったもんである。




2025/10/29

安曇野の田畑を渡る秋の声

 






 安曇野の真ん中あたりを昔歩いたがよく分からなかった。


 そこで、ひとつ高みから見下ろしたら、何ほどかを感知できるかと思ってやってみたんで

ある。車でぐいらぐいら、丘の上まで登って、展望台からやおら眼下を見下ろしたら、広々

と展開している田畑が、黄、茶、緑のパッチワークとなって、とても美しい。


 あの黄色は刈入前の黄金の稲穂、茶色は刈り取ったばかりの田んぼ、緑は菜っ葉など

の畑であるらしい。ぐるりと見渡してみれば、野っぱらは松本の街から緩やかに下ってだ

んだんと幅が広がって、野の真ん中を貫いて蛇行しているのは、あれは梓川だろうか。



 惜しむらくは、アルプスの峰々が霧のような雲に閉ざされて見えなかったこと。もしこれ

が晴ればれと晴れあがって、巨魁の山々が群青の空にどっしりと連なっているのが見えた

ら、とも思ってみたが、そうそう何もかにもが都合よくいくものではないだろう。


 そう思って、念願だった安曇野を空から眺められたことに大いに満足した。大きな景観

は山の上から見ないと、その雄大さ壮麗さは感知できない。わが想像力が至って貧しい

からだろうけれど、なるべくなら高みから俯瞰して、この目で見て感知したい。



 それにしても「安曇」という名は、古代の海人(あま)族の名前だと聞いたことがあるが、

それがどうして日本アルプスのふもとの野っぱらの地名になっているのだろう。海なんぞ

どこを見渡してもありはしないじゃないか、と前々から不可解であった。


 そこでお手軽、ノー天気にネットに聞いてみた。長野県のwebサイトによれば下記の如く

であって、ああ、そうなのかと素直に納得した。更に記されていたのは、安曇族の移住は

国に広がっており、厚海、渥美、青海、安土、などなどがその地名なのだそうだ。


昔、玄海(げんかい)[九州の北に位置する海]の海人族の一つであった安曇(あづみ)氏が大和朝廷の王朝の伸張と共にその勢威を拡大し、徐々に東日本へ移り住むようになり、やがて信濃の国にも定着することとなった。

 

 いやはや、勉強になるなあ!



2025/10/28

老いて今いのちなりけり温め酒

 



 酒はどちらかと言えば下戸の方だが・・・


 秋が深まってくると、どういうわけか燗酒が旨そうに思えてくる。これはひとえに、”白玉

の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり”という歌にまるっきり影響されて

いるためだろうと思うけれど、しかし温めた酒はもしかするとやっぱり旨い。


 チビッとだけしか飲めないくせに、大酒呑みの牧水を気取るとは、とんでもないことだろ

うけれど、日本酒というのは本来温めて呑むものであるらしい。世界中の酒は死ぬほどあ

れども、温めるのは外に紹興酒があるぐらいで、大部分は常温又は冷やして飲むらしい。



 昔に比べれば、世界中のあらゆる酒が手に入るようになってきた。スコッチ、ウオッカ、ワ

イン、ブランデー、ジン、白酒、紹興酒、ラム・・・もう見境なしであるから、日本人はよっぽ

どの呑み助だと思われても仕方ないが、実は西洋人に比べればあまり強くない。


 昔若かりし頃、ウィスキーはアタピンの安物、ワインなんてベタベタ甘いまがい物、そん

な程度だったが、外国モノを引っ張り込んで、それをああしてこうするうちに、たちまち国

産の素晴らしいものができ上ってしまった。これぞ日本人が得意の換骨奪胎なるや。



 酒を呑めば多かれ少なかれ、まずは酔う。その酔いかたは人によって実に様々で、百人

いれば百通りの酔い方があるようである。しかし酒に強い人がいくら飲んでも酔わない、

というのは、実は可哀想でもある。ちょっぴりでテもなく酔っぱらうぐらでちょうどいい。


 酔ってくると、だんだん意識が朦朧として、来しかたに積み重なった失敗、悔悟がわらわ

らと浮かんできたりする。それは屁にもならないから、大急ぎで頭を振って、どこかへ放り

投げてしまう。そして、いささか惚けが進んだように酔うのが最上と思われる。


 それとも酔ったようにボケるのか?




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