安曇野の真ん中あたりを昔歩いたがよく分からなかった。
そこで、ひとつ高みから見下ろしたら、何ほどかを感知できるかと思ってやってみたんで
ある。車でぐいらぐいら、丘の上まで登って、展望台からやおら眼下を見下ろしたら、広々
と展開している田畑が、黄、茶、緑のパッチワークとなって、とても美しい。
あの黄色は刈入前の黄金の稲穂、茶色は刈り取ったばかりの田んぼ、緑は菜っ葉など
の畑であるらしい。ぐるりと見渡してみれば、野っぱらは松本の街から緩やかに下ってだ
んだんと幅が広がって、野の真ん中を貫いて蛇行しているのは、あれは梓川だろうか。
惜しむらくは、アルプスの峰々が霧のような雲に閉ざされて見えなかったこと。もしこれ
が晴ればれと晴れあがって、巨魁の山々が群青の空にどっしりと連なっているのが見えた
ら、とも思ってみたが、そうそう何もかにもが都合よくいくものではないだろう。
そう思って、念願だった安曇野を空から眺められたことに大いに満足した。大きな景観
は山の上から見ないと、その雄大さ壮麗さは感知できない。わが想像力が至って貧しい
からだろうけれど、なるべくなら高みから俯瞰して、この目で見て感知したい。
それにしても「安曇」という名は、古代の海人(あま)族の名前だと聞いたことがあるが、
それがどうして日本アルプスのふもとの野っぱらの地名になっているのだろう。海なんぞ
どこを見渡してもありはしないじゃないか、と前々から不可解であった。
そこでお手軽、ノー天気にネットに聞いてみた。長野県のwebサイトによれば下記の如く
であって、ああ、そうなのかと素直に納得した。更に記されていたのは、安曇族の移住は
全国に広がっており、厚海、渥美、青海、安土、などなどがその地名なのだそうだ。
昔、玄海(げんかい)[九州の北に位置する海]の海人族の一つであった安曇(あづみ)氏が大和朝廷の王朝の伸張と共にその勢威を拡大し、徐々に東日本へ移り住むようになり、やがて信濃の国にも定着することとなった。
いやはや、勉強になるなあ!
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