2026/01/08

寒造り香り豊かに越後より

 



 日本酒はおおむねこの寒い時期に作られるようだ。


 これを「寒造り」と言うらしく、この言葉は、いかにも深々(しんしん)とした蔵で熟成した、

という感じがする。「暑気造り」などと言う言葉(いかにもダラケきった酒ができそうだ)、は聞

いたことがないから、日本中の酒蔵では、この寒い時期に懸命に酒を造るのだろう。


 実際の酒造りの現場など目にする機会がないが、テレビなどで見る限り、なんだかやた

らに湯気がもうもうとし、米を蒸したり麹を振りかけたりしている。そのあと水と一緒に大

樽に入れ、しんしんと寒気が満ちる蔵の中でゆったりと熟成するらしい。



 と、こんな風に書けばいとも簡単なようだが、実際にはこの酒造りは杜氏という専門家

が担うもので、その一つ一つの工程に微妙極まりない心づかいが潜んでいるようである。

これは不立文字、マニュアルを作れば即ち日本酒ができる、というものではないらしい。


 おそらくこの辺りに日本酒の曰く言い難い秘密があり、外国では作るのが難しいのでは

ないかと思う。カリフォルニア米は日本のコメと遜色ない味だというが、カリフォルニア・ワ

インは旨いけれど、カリフォルニア・日本酒は聞いたことがない。



 あまり全国的でない銘柄、生産量が少なく地元だけで消費されている、つまり地酒、こ

れが滅法やたらに旨いと聞く。この正月に岩手の「朝開」という銘柄を、友達にもらったの

で呑んでみたが、その何かの花のような香り、さらりとした飲み口…言うことなしだった。


 決して呑み助ではなく、利き酒などもできないボンクラでも、これくらいの違いは分か

る。だから偶~に地方へなど行けば、決まって夜は居酒屋を訪れる。「地酒の辛口」などと

言えば、奥の方から静々と、まああまり聞いたことがない地酒が出てきて、大変うまい。


 今年の目標・・・酒は程ほど。




2026/01/07

七草は無けれど粥に柚子の皮

 

                             (AⅠさん作成)


 春の七草と言うけれど、おいそれとは見つからない。


 この七種類は、セリ(芹)、ナズナ(ぺんぺん草)、御形(ハハコグサ)、繁縷(はこべら=ハ

コベ)、ホトケノザ(タビラコ)、スズナ(蕪)、スズシロ(大根)、のこと、と書いてある。植物の

名をよく知らないので、こう聞いてもチンプンであり、野っぱらでも、たぶん素通りだ。


 それよりなにより、これらの草はもっと暖かくなってから咲きだすのだから、新暦のお正

月にある筈がない。だから、日本の伝統行事は旧暦でやらないと、なにがなんだかさっぱ

り分からん、ということになって、それゆえ感慨も湧かず、静かに消えてゆく運命にある。



 それはともかく、昔のやんごとなき人々は、ほんとうにこんな野っぱらの雑草を食ってい

たんだろうか。芹やカブ、大根なら納得できるが残りの野っぱら雑草は、アクとかエグ味な

どないのかなあ。どうも相当に無理無体に我慢して食していたように思えるのだが…


 さあ、京都の寒い冬が過ぎて、待ちに待った春になった、野っぱらには緑の若草がそこ

いらじゅうに芽生えてきた、冬の間緑っぽい菜っ葉など、ついぞ口にできなかった。そう

だ、あの若々しい緑を食おうじゃないか! ということで我慢して喰った、…と思う。



 「春の七草」とか「若菜摘む」とか言えば、なにやら温かい春の野に出て、のんびりユルユ

ルの気配だけれど、それはやんごとなき貴族様の生活だったのではないか? ドン百姓

(我が先祖も)だったら、んなことしていられない、早々に畑に出て耕さねばならない。


 それにしても、この方たちはなんの権利があって、一生を遊んで暮らせたのだろうか。や

ることと言えば、天子を巡っての権力争いのみ。あれだナ、やっぱ力だナ。力で平民を押

さえつけてノウノウとする。地球上、力が唯一モノを言うのは今も全く昔と同じだナア。




2026/01/06

寒の入り極まるところ永平寺

 

                            (ネットから)

 厳寒の時期に永平寺へ行ったことがある。


 いやはや、ひたすらに寒かった。森厳として静まる山と、そこに残る凍てついた雪が、い

っそう寒さを感じさせたかもしれない。また、ここで行われる修行の厳しさを勝手に想像し

て、この場所は寒いものだと最初から決めつけていた、ということもあるかもしれない。


 椅子に座って10人ばかりの見学者が、しんとして待っていた。この部屋は暖房が利いて

いてほんのり温かったが、後になって広い廊下や階段にに出たら、周り中から寒気に押さ

れて、ギクシャクするほど寒い。でも案内する若い僧侶はスリッパも履ていない。



 ここに来た修行僧たちが日頃どんな生活をしているのか、最初に座っていた部屋で説明

があり、トイレの使用、お風呂の入り方まで厳しい規則があることを聞いた。なにしろ風呂

は小さな手桶5杯のお湯だけで全て済ませるのだそうで、今でも記憶に残っている。


 ひととおり説明を聞いてから部屋から廊下に出たら、体が一気に寒さに囲まれ、身動き

できないように感じる。廊下や階段の板は、ぴかぴかに磨き込まれ光っていて、それがま

た、キンキンと音を発するが如く冷え固まっているように思われる。



 僧堂、仏殿、法堂など主な部屋を案内してもらったが、どこもまあ、バカでかく広く森厳

と静まり返り、寒さが一層強く感じられる。修行僧たちは、この火の気のない大きな部屋

で毎日の務めを送っているのだろうと思い、それだけでもえらい人たちだと思った。


 説明や案内をしてくれた若い僧侶は、白皙で目が澄んでいて、とてもきれいに見える。

毎日の厳しい修行と、簡素極まりない食事ををしていると、人間というものはこんなにき

れいになるものかと思った。もはや、自分の小汚い貧しい顔をどこかに隠したかった。


 あれから長い時が流れた。今でも同じ厳しい修行だろうナア




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