2026/01/23

霧氷林美しきもの見し人よ

 

                               (AIさん作成)



 霧氷というものを見たのはどこでだったか。


 確かに見た経験があるのだが、それがどこの山の中かトンと忘れてしまった。樹氷という

ものは、これはもう蔵王、ニセコでスキーの際お目にかかり、ふむふむ、これが名高き樹氷

というものかと、イタク感心したことを、遠い記憶から引き出すことができる。


 ところが肝心の霧氷は、その初見の記憶もろとも霞のかなたに消えてしまっている。がし

かし、とんでもなく美しいものだったことはぼんやりと覚えている。木の枝という枝が白い

氷できらきらと輝き、そこら中がそういう木々ばかりで、肝をつぶすようだった。



 住んでいるこの地方では、樹氷はもちろんのこと霧氷もできないようである。最低気温

が氷点下になることは、今の季節しばしばあるが、どうも氷点下になったからといって、即

ち霧氷ができるとはいかないようだ。湿度とかの一定の条件があるらしい。


 また樹氷、霧氷という言葉も、なにやら混とんとしているようだし、この記事では大雑把

のイイカラカンに、木の枝先が透明な氷で包まれた状態のものを霧氷と呼び、樹木全体が

氷で包まれてモンスターのようになったのを樹氷と呼んでおこうと思う。



 自分にとっては霧氷は美しいものであったが、人によっては「なんだ、ただ木が凍っただ

けじゃやねえか、ふん! 」ということもあるだろうし、「美しきもの」は人それぞれ、千差万

別である。また、自然現象だけでなく、人事現象にだってこの言葉は使われるだろう。


 なんだかこう書くと、「霧氷」も「美しきもの」も、なにやら薄らぼんやりしていて、捕らえよ

うがない。これは筆者の頭の中をよく表しているのだろうが、しかしまあ、この世のものは

すべて、薄らぼんやりした存在かも知れず、ひとまずこれでいいことにしておこう。




2026/01/22

日脚伸ぶ西にあかねの飛行雲

 



 日脚が少しだけ伸びた西の空は、茜色に染まっている。


 冬の空は夕焼けになる。どうしてなのか、その理由は分からないけれど、それが美しいナ

と思って、ベランダで長い時間ぼうお~っと見ている。しかしこの時期はエラク寒い風が

吹いたりするので、西の空をぼうお~っとするのも、これでなかなか容易ではない。


 その茜色に染まった美しい空にす~っと飛行雲が棚引いて、これも一緒に茜色に染まっ

ている。あの雲を作った飛行機には、西洋なのか東南アジアなのか知らないけれど、優雅

な旅行の人がいっぱい乗っているに違いない、といつも羨ましく思う。



 一時期、日本がまだ元気いっぱいだったころ、日本人がどっと雪崩を打って西洋や東南

アジアに出かけたが、その波に乗れず、ただ指をくわえて眺めるだけに終わった。やんぬ

るかな、以来どこへも行けず、狭い日本で狭まっ苦しく生きて来たのは残念である。


 その当時は海外への怒涛のような観光に、西洋人が飽きれ顔になり、東南アジアでは買

春ツアーとかで顰蹙をかい、日本人の悪口が地球を覆ったかのように記憶している。今、

4千万人もの人たちが日本に観光に来るという。世は逆さまとなりにけり、である。



 逆さまになったのは、簡単に言えば日本がビンボーになったからだと、安易に納得してい

るが、外国からの観光客の、声高なはしゃぎよう、どこ構わずの忘若無人さ、これらを(テ

レビなどで)見るにつけ、あの当時の日本人に対する外国人の目つきが理解できる。


 個人的には、観光客などあまり来ない静謐な島国であってほしいけれど、そんなことで

は飯の食い上げだぁ、となるならば止むを得ない、まだ元気だったころの悪の所業を思い

出してじっとそれに耐え、遊びに行くなら名所旧跡を外して、隅っこで我慢する。


 ”これはしたり、世は逆さまとなりにけり、乗りたる人より、馬が丸顔”




2026/01/20

空寒しふくれっ面して寒雀

 



 いやあ、ほんとに久しぶりで散歩に行った。


 片づけるべき懸案の(といっても世間の人から見ればなんと言うこともないへぼ用事だ

が)、ひとつをようやくやっつけ、少し気持ちにゆとりができた。寒いにかこつけて、いっか

な表に出ようとしなかった日々が長く続き、体中が鈍りになまっていた。


 陽ざしがぽかぽかして、寒さはほぼ感じない。空は相変わらず澄み切って、ときおり冷た

い風を吹き下ろす。木々もすっかり葉っぱを落としているけれど、寒気の中で凍えている

ようではない。案外元気で、「ま、大寒じゃからナ、葉を落とすわナ」といっている。



 いつも何も考えないでぼわ~っと歩いているが、今回は春の先駆けを探してみることに

した。これから大寒のど真ん中へ突入という時期、先駆けみたいなものがあるのかどう

か、自然の中の諸君はみな、寒さに縮こまっているや否や、まあ、探してみよう。


 雀の団体が裸枝でふくれていたが、これはまあ先駆けとはならんなあ。馬酔木が茶色い

房のような花芽をほんの少し見せていた。そうか、葉っぱの芽が膨らむ時期なのかもしれ

ないと思って、枝先に注意したら案外に葉っぱの芽が出てきている。



 しかしながら、この芽の木はなんという名なのか、それが皆目わからない。分からなけれ

ばどれもみな「葉っぱの芽」というしかなく、これじゃあまるで説得力がない。こういう時、

わがイイカラカンのアバウトな性格がつくづくイヤになる。花も木も虫も何も知らないだ。


 しかし、明らかに知っている「先駆け」も見つけることができた。土を破ってスイセンの芽

が1cmmほど顔を出しているし、別な場所ではもう花をつけていた。花水木の花芽が膨ら

み始めた。それから、満開となった蝋梅の花、軒先の寒紅梅、堂々たる先駆けだよナ。


 これからイヤになるほど春が来るのだから、急がなくてもいいのに・・・




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