2026/01/24

厳寒や一途に流るる川面かな

 



 さすがに大寒だけあって底を這う寒さが続く。


 予報では日の最高気温が8℃とか9℃とかの日が当面続くらしい。冬ごもりの身にはこ

れといった影響はないが、雪国では大雪が降って列車も止まっているらしい。昔と違って

会社勤めの人が多いだろうから、頼みの鉄道が止まっては、これは大変なことだ。


 『暖冬でもドカ雪』状態であるらしく、積もるとなった日にゃあ一晩で何十cmにもなるそ

うだから、車なんぞ軽く埋まってしまい、まずは掘り起こして探し出すのがおおごとだろ

う。こういうことを考えると、暖地に比べ雪国の暮らしは大きなコストがかかる。



 川の流れはどこでもいつでも変わりがないように見えるが、冬の川面はなぜか黒っぽく

見える。黒い流れが黙々と押し黙って、一途に流れ下っているように感じられる。立ち止

まったり遊んだりしないで、もうひたすらに流れることだけのように見える。

 

 なにしろこの時期、川辺に遊びに来る人などいないから、春の流れのように岸辺にたゆ

ったり、夏の川のように浅瀬で遊んだり、そういう余計なことは一切しない。ここは一途と

思い決めたように、黙りこくってわき目もふらずに流れてゆく。



 我々もまた、岸辺に積もった根雪がゆるみ、あの山の雪が消えかかるころまで、とにもか

くにも我慢する。ちゃらちゃらとあっちを向いたりこっちに振り向いたりしないで、川の流

れのように、ひたすら黙って一途に時が過ぎ去るのをじっと待つことにしようと思う。


 それも、時というのは何時でも誰にでも公平無私、依怙贔屓一切なしだから、考えよう

によってはありがたい。金持ちもビンボー人も平等であるから、このイヤな季節が富裕層

は早く過ぎ去り、貧困層(私だが何か? )にはゆっくり、というようなことはない。


 お天道様と時間だけは平等だ。




2026/01/23

霧氷林美しきもの見し人よ

 

                               (AIさん作成)



 霧氷というものを見たのはどこでだったか。


 確かに見た経験があるのだが、それがどこの山の中かトンと忘れてしまった。樹氷という

ものは、これはもう蔵王、ニセコでスキーの際お目にかかり、ふむふむ、これが名高き樹氷

というものかと、イタク感心したことを、遠い記憶から引き出すことができる。


 ところが肝心の霧氷は、その初見の記憶もろとも霞のかなたに消えてしまっている。がし

かし、とんでもなく美しいものだったことはぼんやりと覚えている。木の枝という枝が白い

氷できらきらと輝き、そこら中がそういう木々ばかりで、肝をつぶすようだった。



 住んでいるこの地方では、樹氷はもちろんのこと霧氷もできないようである。最低気温

が氷点下になることは、今の季節しばしばあるが、どうも氷点下になったからといって、即

ち霧氷ができるとはいかないようだ。湿度とかの一定の条件があるらしい。


 また樹氷、霧氷という言葉も、なにやら混とんとしているようだし、この記事では大雑把

のイイカラカンに、木の枝先が透明な氷で包まれた状態のものを霧氷と呼び、樹木全体が

氷で包まれてモンスターのようになったのを樹氷と呼んでおこうと思う。



 自分にとっては霧氷は美しいものであったが、人によっては「なんだ、ただ木が凍っただ

けじゃやねえか、ふん! 」ということもあるだろうし、「美しきもの」は人それぞれ、千差万

別である。また、自然現象だけでなく、人事現象にだってこの言葉は使われるだろう。


 なんだかこう書くと、「霧氷」も「美しきもの」も、なにやら薄らぼんやりしていて、捕らえよ

うがない。これは筆者の頭の中をよく表しているのだろうが、しかしまあ、この世のものは

すべて、薄らぼんやりした存在かも知れず、ひとまずこれでいいことにしておこう。




2026/01/22

日脚伸ぶ西にあかねの飛行雲

 



 日脚が少しだけ伸びた西の空は、茜色に染まっている。


 冬の空は夕焼けになる。どうしてなのか、その理由は分からないけれど、それが美しいナ

と思って、ベランダで長い時間ぼうお~っと見ている。しかしこの時期はエラク寒い風が

吹いたりするので、西の空をぼうお~っとするのも、これでなかなか容易ではない。


 その茜色に染まった美しい空にす~っと飛行雲が棚引いて、これも一緒に茜色に染まっ

ている。あの雲を作った飛行機には、西洋なのか東南アジアなのか知らないけれど、優雅

な旅行の人がいっぱい乗っているに違いない、といつも羨ましく思う。



 一時期、日本がまだ元気いっぱいだったころ、日本人がどっと雪崩を打って西洋や東南

アジアに出かけたが、その波に乗れず、ただ指をくわえて眺めるだけに終わった。やんぬ

るかな、以来どこへも行けず、狭い日本で狭まっ苦しく生きて来たのは残念である。


 その当時は海外への怒涛のような観光に、西洋人が飽きれ顔になり、東南アジアでは買

春ツアーとかで顰蹙をかい、日本人の悪口が地球を覆ったかのように記憶している。今、

4千万人もの人たちが日本に観光に来るという。世は逆さまとなりにけり、である。



 逆さまになったのは、簡単に言えば日本がビンボーになったからだと、安易に納得してい

るが、外国からの観光客の、声高なはしゃぎよう、どこ構わずの忘若無人さ、これらを(テ

レビなどで)見るにつけ、あの当時の日本人に対する外国人の目つきが理解できる。


 個人的には、観光客などあまり来ない静謐な島国であってほしいけれど、そんなことで

は飯の食い上げだぁ、となるならば止むを得ない、まだ元気だったころの悪の所業を思い

出してじっとそれに耐え、遊びに行くなら名所旧跡を外して、隅っこで我慢する。


 ”これはしたり、世は逆さまとなりにけり、乗りたる人より、馬が丸顔”




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