2026/02/05

寒明けや終わりの雪にと願うかな

 



 青森の雪害のニュースが連日報道されている。


 まるで青森がすっぽりと雪に埋まったような、そういう印象を受ける。市内の街中も雪に

覆い尽くされているし、郊外のリンゴ畑も雪に埋まっている。ことに屋根の積雪で潰れた

家屋や車庫の下敷きなって亡くなった人が出たことは、無念極まりない思いがする。


 ここへきてもまだこの週末、再度の大雪だと予報が言っているが、もうたいがいにしてほ

しい。もう寒が明けたのだ、春になったのだ、この上大雪が降っている場合ではない、と神

様でも仏様でも、なんだったら鰯の頭だって構わないから、祈りたい気分だ。



 温暖地に住む者がひとりで騒いでみてもどうにもならないが、そういえば、この地方だっ

て大雪に見舞われたことがある。いつだったかはっきり覚えてはいないが、「どたん場検

索」してみると、どうやら2014年の2月のことだったらしい。


 朝起きてみたら、周り中が真っ白けでまずは驚いた。ふと駐車場の屋根をみたら、こん

もりと5,60cmの厚さに積もっていて、なんだかやっと立っている、という感じだ。背中に

冷たいものが流れて、そそくさと身支度をして表に出る。


 駐車場は片持ち屋根だから、こっち側に支えの柱が無い。とりあえず支えがない屋根の

上を突っつき、積もった雪を崩しながら少し落としたら、そこの部分がボン! と持ち上が

って、負荷が取れた感じがした。やれ、助かった、これがつぶれていたら車も潰れる。



 この時はあまりにも恐ろし気な大雪だった。とりあえずは車庫がなんとかなったので、安

心して今度は家の前の雪掻きをする。隣近所それぞれに出張って、みんな魂消たような

顔をして雪掻きをする。掻いた雪はどこへも持っていき場がないから、とりあえず家の前

の、車の行き交いにじゃまにならないような、道路の端に積み上げる。


 そのあと街中を少し歩いてみたら、道路や畑にはやはり5,60cmのの雪が積もってい

たように思う。街の幹線道路はもう車が行き交って、雪が車高の高さに削られ、その両脇

に30cmほどの深さの轍がくっきりと残さている。稀に見る大雪だなあ、と思った。


 


2026/02/04

燦々と日本の空に春立つ日

 



 日本列島は立春となったけれど、さりながら。


 雪国の雪の被害は想像以上であった。なにしろ雪の重みで家がつぶれた、などというこ

とは、おいそれと聞いた話ではない。潰れるまで、雪下ろしも除雪も何もできなかった、と

いうほど一気呵成に降って、そして降り続いて、対策が間に合わなかったらしい。


 ことにテレビニュースで見る青森は、とんでもないことになっているらしい。県庁所在地

の市であっても、除雪の手が入らない横丁の路地などは、何もかもが雪にうずもれ、人ひ

とり歩くだけのの隙間が辛うじて確保されているだけ、手の施しようもない状況だろう。



 というような事態もあり、手放しで「立春だァ」と喜んではいられないが、まあ、ひとまず

の区切りではある。しかし大いなる疑問もある。太陽の動きから冬至と春分の真ん中の点

を「立春」としたらしいが、よく考えてみれば、太陽の動きソク季節連動ではない筈だ。


 例えば、立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至、これは太陽の動きに従った

命名であるようだが、季節は地域によって異なる筈である。今まであまり疑問も抱かず、

これが季節を表すものだとばかり思っていたが、その地の季節と太陽の動きは一致する

ものではない、ということを、ここに至って、ようやく認識するにことができた。



 まあ、「今更なにを言うとんのか、このバッカもん! 」と言われても仕方がないが、長いあ

いだ中国発祥の「二十四節季」という、便利で簡単な早見表があったので、これを使い慣

れてきて、どうも季節がずれてるなあ、と思いながらも、まあ済ませてきた。


 日本も自前の「二十四節季」なるものを、どこかの誰かに作ってもらいたいが、今はどこ

にでもエアコンはあるし、暑さ寒さが都市空間では程よく管理されているのだから、季節

なんて概念は、お呼びでない、使わない、必要ない、ということかも知れない。


 そういえば「季節のない街」というのがあったなあ。




2026/02/03

豆まきや隣の子の声大人びて

 



 隣の男の子もまたたく間に成長し、豆撒く声が漏れてくる。


 昔はそれぞれの家々で「フクワウチー、オニワソトー」と大声で叫んで、家のうち、そとナ

ニ構わずに豆をまき散らした。たいがいの家庭では主に男の子が豆まきをさせられたよう

である。これが嫌だった。虚空に向かって大声を出すのがナゼカ恥ずかしかったのだ。


 今はもう豆まきなど家庭ではしなくなったらしい。大豆などまき散らして、あとの掃除が

大変だし、あんなもの食ってみたってうまくもなんともない。それに代わるものかどうか知

らないけれど、ぶっとい海苔巻きをあぐあぐ喰うという風習が盛んなようである。



 どっちにしろ昔からの風習が残って、年中行事として行われてきたものらしい。豆まきな

どに至っては、平安時代の宮中行事が漏れ出して、延々庶民のあいだに受け継がれて来

たものだという。年中行事や風俗習慣というものは、恐ろしく長く続くものだなあ。


 何事も浮き沈みの多い今の世でも、有名どころの神社仏閣では、今でも盛大にタレント

など集めて豆をまくし、恵方巻を食わなければ節分じゃない、みたいにテレビが言うし、そ

うそう簡単には、こういう習俗は消えてしまわないらしい。凄いことだナア!



 それはそれとして、我が家ではもう年中行事を何もしなくなった。どうも齢をとるとなに

もかも面倒くせえ! となるようで、年々歳々行事が減ってしまい、今ではもう正月に飲

んだくれるぐらいが精一杯になってしまった。やんぬることかな、である。


 子供が小さい時分は、我が親にしてもらった懐かしの年中行事は、なるべくしてやろう、

などと思っていた。五月飾りを出したり、菖蒲湯を沸かしたり、月見団子は作らなかったけ

れど、柚子の湯をたてたり、小豆粥を食ったりした。それもあんがい真剣に。


 でもこうやって並べてみたら、ほぼ我らの爺さん婆さんからの引継ぎであった。




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