2026/03/08

陽ざしまで黄色に染めて花ミモザ

 



 久しぶりに公園を歩いたらミモザが咲いていた。


 あまり馴染みの花ではないけれど、この花の近く一帯の空間ををパッと明るくしている

ように見えるて、人が大勢まわりに集まって、大撮影会をしていた。春先の黄色の花は、ど

れもみな、その辺りの空気を明るくしてしまうようである。山茱萸、マンサク、連翹など。


 近くに木蓮の木があり、これもいつの間にか満開になっている。3月になって、季節がぐ

っと進んだ感じになった。それはもう、「劇的に」と言ってもいいような変化であり、季節は

正直者で、きちんきちんと春の仕事をしつつある。エライもんだ。



 河津桜も満開、あるいは少し散かけていて、「いつの間に! 」という感じだ。染井吉野も

いいけれど、河津桜がずうう~っと続いている並木道も大いに見ごたえがある。けれど、

河津に行ったことはない(映像だけ見た)。各地にいろんな色の桜が増えればいいと思う。


 寒緋桜というのも咲いている。紫がかったような赤のうんと濃い色で、咲きかけは俯い

た花をつけている。この桜は色が濃くはっきりしているので、数本並んでいても見事だ。

沖縄など暖かい地方の桜だそうだが、この公園でも毎年元気に咲く。



 公園の花は、総体として梅が後退して、桜の類が前面に出てきた感じだ。そうして地面

を見ると、遅咲きの梅の下で水仙の鮮やかな黄色が覆い尽くし、大勢の人が写生してい

る。絵が描ける人は幸いなるかな、といつも思う。無芸無能で終わるのはサビシィー! 


 もうしばらくすると公園の景観はまたゴロリと変わっているだろう。染井吉野が大手を振

って咲き、連翹や雪柳が色どりを添え、桃も大きな花を咲かせるかもしれない。しかしそ

のころは野っぱらの道端にもタンポポが群生し、小さな野の花が勢いづいているだろう。




2026/03/06

せせらぎの水音に堪えず落ち椿

 



 椿はたいてい仰向けに落ちている。


 花びらを伏せて俯きに散っている椿はあまり見たことがない。そこで、「落ちざまに虻を

伏せたる椿かな(漱石)」という句が議論になるらしい。椿の花を見るたびに、このことを思

い出して散った花びらを眺めるが、俯きか仰向けか、どちらが正しいのかわからない。


 椿を眺めるのに、小難しい物理学的理屈を考えるのは、いささか興ざめのような気がす

る。それで、同時期に咲く山茶花と比べてみたりする。大きな違いは、山茶花が花びらを

一枚ずつ散らすに対して、椿は花びらも蕊も一緒くたにぼとりと散ってしまう。



 これ以外にも細かい点に違いがあるのだろうけれど、大雑把いい加減の自分にはわか

らない。で、どちらが好ましいかと言えば、なんでか山茶花のほうである。だいいちに花び

らが一枚づつハラハラと散るのが好ましい。なんだか嫋やかな感じがするではないか。


 しかし椿の方に魅力がないではない。花の深い赤色は見て美しい。それに実から油がと

れる。この椿油は油として大変優秀なんだそうだ。食用としてもいいし、肌や髪にもいいと

言っている。(それにしては、スーパーなどで見かけないのはどうしてだろう? )



 桜のころ山極の道を歩いていて、神社の境内でお婆さんに出会った。問わず語りに、娘

時代、大島から船に乗って東京下町に椿油を行商していた、という話をした。大島から椿

油を担いで上京すると、拠点の家で寝起きし一週間ぐらい行商して歩いたという。


 若かったのでお得意さんを巡り歩くのは楽しかった、まったく苦労と思わなかった、と言

う。ただ背中の椿油が重くておもくて、それが一番辛かったと言う。今は引退し、下町の娘

の家で日を送っていると話した。お婆さんの肩に桜の花びらがハラハラと散っていた。




2026/03/05

雪形を仰ぎあおぎて畑を打つ

 



 昔は山の残雪の形を見て種まく日を決めたらしい。


 なにしろ天気予報の類これ皆無にして、まあ参考にするのは暦位だったろうと思う。それ

よりも毎日肌で感じる寒さ温かさ、雪の消え具合、草の芽吹き、そんな身の回りの現象を

参考にして、それまでのわが身の経験を加味して決める方がよかったのだろう。


 今はなにを参考にして種まきの時期を判断するのだろうか? 気象庁の長期予報などと

いうものもあるが、あれは大きに信用できるものなのか。毎日の予報にしても、2,3日先

までは信用しているが、それ以上となるとまあ参考に、という程度である。



 そう考えると、山の雪形を見て判断する、というのはあんがい理に叶っていたのかもし

れない。なにしろ雪形は季節の移り変わりをそのまんま表している。なんの手掛かりも持

たない徒手空拳のお百姓にとって、なにものにも増す情報源だったろう。


 そんな風に思って「どたん場検索」してみたら、ウェキペディアは「古来の雪形は「農業形

態の進歩」と「気象観測の発達整備」に農事暦としての役割を失いつつある」と言ってい

る。それはつまり気象庁の長期予報が農事歴として大きな力になっている、ということか。



 そう思ったから今度は「現代の農事歴」で「どたん場検索」。AIさんらしい人がこう言っ

ている。「データとスマート農業: 昔ながらの知恵と現代技術(ドローン、AI、自動化)が融

し、天候や生育状況をデータ管理して効率的な栽培を実現」という。


 やはりそうだ、世のなかは知らぬ間にゴロリと変わっていた。雪形なんぞ眺めて喜んで

いる場合じゃなかった。農事歴もAIさんやらビッグデータやらを使いまくってどんどこ進

歩していたのだ。まったく自覚なく世の中に遅れている、恐ろしいこった!




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