昔は山の残雪の形を見て種まく日を決めたらしい。
なにしろ天気予報の類これ皆無にして、まあ参考にするのは暦位だったろうと思う。それ
よりも毎日肌で感じる寒さ温かさ、雪の消え具合、草の芽吹き、そんな身の回りの現象を
参考にして、それまでのわが身の経験を加味して決める方がよかったのだろう。
今はなにを参考にして種まきの時期を判断するのだろうか? 気象庁の長期予報などと
いうものもあるが、あれは大きに信用できるものなのか。毎日の予報にしても、2,3日先
までは信用しているが、それ以上となるとまあ参考に、という程度である。
そう考えると、山の雪形を見て判断する、というのはあんがい理に叶っていたのかもし
れない。なにしろ雪形は季節の移り変わりをそのまんま表している。なんの手掛かりも持
たない徒手空拳のお百姓にとって、なにものにも増す情報源だったろう。
そんな風に思って「どたん場検索」してみたら、ウェキペディアは「古来の雪形は「農業形
態の進歩」と「気象観測の発達整備」に農事暦としての役割を失いつつある」と言ってい
る。それはつまり気象庁の長期予報が農事歴として大きな力になっている、ということか。
そう思ったから今度は「現代の農事歴」で「どたん場検索」。AIさんらしい人がこう言っ
ている。「データとスマート農業: 昔ながらの知恵と現代技術(ドローン、AI、自動化)が融
合し、天候や生育状況をデータ管理して効率的な栽培を実現」という。
やはりそうだ、世のなかは知らぬ間にゴロリと変わっていた。雪形なんぞ眺めて喜んで
いる場合じゃなかった。農事歴もAIさんやらビッグデータやらを使いまくってどんどこ進
歩していたのだ。まったく自覚なく世の中に遅れている、恐ろしいこった!
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