2026/03/15

春雷を遠くに聞きて旅支度

 



 旅は人々の憧れだと思う。

 

 観光、旅行いろいろあるけれど、「旅」と書いてみると、単なる体の移動ではなく、なにか

行った先の人との関わり、みたいなものが付着しているように思われる。だから単に行っ

た先の風景を見、旧跡を訪ね、だけじゃない、微かな期待とまた畏れとを感じる。


 乗り鉄の知人はこう言っていた。「ローカル線に乗る楽しみは、車窓風景もさることなが

ら、乗り合わせた婆さんや爺さんと話をすることだね。二言三言でもその土地の話を聞く

のは楽しい、例え方言がきつくて半分以上理解が及ばないとしてもだ」



 昔の人は予定も計画も立てず、まるで行き当たりばったりのようにして旅をしたらしい。

荷物だって巨大なゴロゴロを引っ張たりせず、小さな振り分け荷物程度で極身軽に出か

けた。芭蕉の旅もそのようであり、各地の知人が宿も飯も十分にお世話してくれたのだ。


 菅江真澄のことを書いた本を見たが、彼こそまさに放浪の旅の生涯を送った人であった

らしい。30歳ぐらいで故郷三河を離れ、以来みちのくや蝦夷地を経巡って、秋田あたりの

豪農に止宿して日を送り、遂に故郷へ帰らず旅の異郷の空で生涯を閉じた。



 昔はどうもこの手の放浪型の旅ができたらしい。生活に必要な一切合切を旅先の泊ま

り宿で見てくれるわけである。その代わりに農家を手伝え、とも特段要求されなかったよ

うだ。泊めてくれる農家にとっても、諸国を経巡った真澄の話が興味深かっただろう。


 これを現代に引き移してみるとどうなるのだろうか。日本各地を放浪する、という意味合

いでは車中泊などが似ているかもしれない。しかし車中泊は地元の人との交流が少ない

ようである。東南アジアで交流を深めている例がある。コンドミニアムなどと言う安宿に泊

まり、地元民と交流しながら旅を続ける人(高齢者)もいる。


 「旅」は案外「案ずるより産むが易し」なのだろうか。


 


2026/03/11

芦野にて柳に偲ぶ西行忌

 

                          (ネットより拝借)


 春まだ浅い時期に芦野の遊行柳へ行った。


 空はすっからかんに晴れて、温かい風が吹いている。那須野原というのか、低い丘陵が

連なる野は広く、遠くの山は紫に霞んでいる。歩いている細道の土手には、若草が萌えだ

し、タンポポの黄色が点々と連なり、連翹が明るく輝いて、とても気分がいい。


 芦野の里道に入ると、田んぼが広がり畦道に可憐な野の花が咲いて、家々の庭には梅

や桃や木瓜の花が咲き、桜もまだ散り残っていた。黒い瓦を乗せた昔ながらの家が点在

し、花に囲まれた里だが、田んぼにも道にも人影はなく、眠ったように静かだ。



 遊行柳は芦野の里の田んぼの中にあった。周りには何もなく、水を引き込む前の田ん

ぼが広がっているばかり。畔のような細道を辿っていくと、狭い畦道に若い柳の木があ

り、柔らかな緑の芽が微かな風に揺れている。桜も一本あったがすでに散ったらしい。


 辺りを見回すと、素朴な自然石の歌碑や句碑が並んでいる。「道のべに清水流るる柳か

げしばしとてこそ立ちどまりつれ」・・・これは西行の歌碑。芭蕉も奥の細道の途次ここに立

ち寄っている。「田一枚植えて立ち去る柳かな」の句碑。「柳散清水涸石處々」は蕪村。



 だたっぴろい那須野が原の、なんと言うこともない芦野の里の、なんでもない田んぼ

の中に、こんなにも有名人の碑が残っている。その何十倍、何百倍もの人が、このひっ

そりした里の田んぼを訪れたのか、想像もつかないけれど、よく今に残ったと思う。


 遊行柳の地にひとしきり佇んで立ち去り、また春爛漫の野道を歩いた。ただ通り過ぎ

てしまうのが勿体ないような、里道の佇まいと申し分ないほどの日和である。春の日は

まだまだ十分高い、さてこの先には、何が待ち受けているのだろう、楽しみだ。




2026/03/10

火の滝が堂に飛び散るお水取り

 

                                                                                                                            (ネットより)


 東大寺のお水取りのころはみっしり寒い、という記憶がある。


 然るに今年はなにやら春めいていて、ほわほわした空気が漂っている。むろん遠く離れ

た奈良だから、直接にお水取りという行事を見たわけではない。だからお水取りの日が寒

いのか暖かいのよく知らないけれど、やはり温暖化で今年は暖かいのではないか?


 テレビなどで見る限り、大たいまつが二月堂の回廊を駆け回るのは、ずいぶん豪放なそ

して豪胆な行事に思える。万事が静かなお寺の行事としては、珍しいのではないか。寒さ

に縮こまっている時期だから、豪放豪胆な炎の行事は見ていて元気が出る。



 このお水取りの行事が終わると、奈良にも本格的な春が来るという。奈良の春、と言え

ばたちまち目の前に牧歌的な妄想が浮かんでくる。広い東大寺の若葉、山の辺の道のタ

ンポポやツクシ、朱塗りが青空に映える朱雀門・・・奈良と言えばなんと言っても牧歌だ。


 奈良には一度だけ行ったことがある。うんと大昔のうんと若いころ一度だけ、どこを巡っ

たのかよく覚えていないけれど、東大寺は微かな記憶が残っていて、たしか二月堂も見た

ように思う。外はバスに乗ってわざわざ法隆寺まで行ったようだが、はっきりしない。



 京都から奈良に言ったので、その落差は大きく感じられた。奈良は取り澄ましたところが

なく、素朴で田舎で、法隆寺の斑鳩あたりはまるでどこかの田舎の野辺を歩いているよう

に感じられた。すっかり気に入って、呑んで遅く帰ったら旅館を締め出された。


 この時は京都、奈良、大阪をちょびっとづつ経巡ったのだけれど、大昔だからもうすっか

り変わってしまって、どこも思い出すこともできないに違いない。こっちの頭の暗闇に、そ

の時の微かな記憶が残ったが、そんな場所はもうどこにもなく、どこかに消えてしまった。



 

訪問記録