2026/04/01

待ち侘びていざ突入す花四月

 



 振り返れば冬の間中「春よ来い」と言っていた気がする。


 それは冬が始まった12月から、紛れもない春4月までの間、ひたすら春を待つ気持ちの

表れかもしれない。ということは、ひょっとすると我が心情的には、冬が12月から3月まで

の4か月間、ということになる。暖国に住んでも、冬が長あ~い。


 せっかく四季というものがある日本に居るのだから、それぞれの季節を等分に楽しまな

くてはソンだ! という気がする。だから冬の間も、いたずらに春を焦がれるのでなく、冬

は冬としてそれなりに楽しむテがあるはずが、寒さ、冷たさを楽しむにはどうする?。



 毎年同じことを書いているような気がするが、4月はともかく花の季節であり、その応接

にいちいち応じれば、まことにこころせわしい季節である。日本中の美しい花が、次から次

へと咲いては散り、散っては咲きして、こころ休まる暇がない。加えてネットも花の盛り。


 5月になると花の大爆発がだんだんと落ち着いてきて、若葉の季節、風薫る季節になる。

咲いたり散ったりが間遠くなり、それにつれてこころ急く気持ちも薄れてゆき、ことのほか

美しく照り映える山の緑も、なんとなく余裕をもって眺めることができる。



 ワシ等はぼんやりとこんなことを頭に浮かべながら、その日その日を送っている。そして

頭の上でミサイルや爆弾が、突然爆発する恐れもなければ、明日喰うめしの心配もひとま

ずしなくていい。なによりもまた、今日の夜は雨を遮る屋根と暖かい布団で眠れる。


 同日の同時刻、別な場所では、空から爆弾が降ってきて大勢の人が、突然に断りもなし

に殺される。俺を殺す権利は誰にもない、と大声で叫んでみても、周りでは知らん顔して

相変わらず爆弾を落とす。カミ様は、今生きている誰よりも、何よりもエライのだろうか。




2026/03/31

一つ見えあとに群れなす土筆かな


 

 土筆を見つけるとなんだか嬉しくなる。


 めったに見れない、というわけでもなく、春の若菜として特別旨いというわけでもないの

だけれど、このツンツンした姿を見ると、つい摘み取りたい衝動にかられる。思うに、このツ

ンツンは、芽が出たと思ううちにたちまちどこかに消えてしまうからに違いない。


 たちまち消えて、後には暴力的勢いでスギナが伸びてきて、すっかり地面を覆い隠して

しまう。親であるスギナの単調さを思えば、ツクシんぼのこのツンツン具合がなんとも愛ら

しく見えるようである。ツクシとスギナ、こんなに違う親子も変わっていて面白い。



 ツクシは摘み取るところに味わいがある。思い切り摘み取ってしまえば、それでもうなん

だか満足してしまう。むかし摘み取ったのを持ち帰り料って貰ったことがある。が、もう金

輪際ツクシの持ち帰りは厳禁である、旨申し渡され以来、摘み取り衝動を抑えている。


 手を真っ黒に汚してツクシの袴を取り除き、しかる後に油いためだか、お浸しだかにする

のだが、ドエライ手間暇かけて出来上がりは皿の底にちょっぴり、くたっとだらしなく寝ころ

んだツクシである。とてもじゃないが、料理の間尺に合わなすぎる、ということだ。



 不思議なのは、親子でこんなにも形が違っていていいもんだろうかと思う。二つ並べて、

「親子だあ! 」と言っても「ウソだあ! 」としか言えない。そういうのがもう一つある。ふ

きと蕗の薹、長い間、ほぼ大人になるまで、これが親子だとは露ほども考えなかった。


 生物はどうしてこんな複雑怪奇、魑魅魍魎的なことをやってのけるのだろうか。そう思っ

て気が付いたが、昆虫の親子もまた似ても似つかないのが多い。イモムシが蝶になるなん

ていったい誰が信じるだろう。なんのためにそういうことをやるのか⁉


 世の中かは不思議に満ちている。




2026/03/30

コロナ風去って木の芽の緑かな

 



 背中の目立たないところに密かに隠れていたらしい。


 いつの間にっくっ付いたのかわからないが、気が付いたら黒い影は真っ赤な大口を開け

て、人を頭からガリガリ齧っていた。気が付いた時はもう、喉が震え上がるほど痛かった。

水も飲めない、つばさえ飲めない、もちろん飯を食うなんぞ考えも出来ぬ。


 何事が起きているのかさっぱりわからないが、これはもう尋常ならざるところ、一晩苦し

み倒してから医者に行ったら、「コロナだね」「へ? 11月にインフレやったばっかし⁉」・・・

なにもひとりの人間を、そんなに集中して虐めんでもええやないかあ、ええかげんにしろ。



 前回のインフルは、なにしろ呼吸が苦しく、息も絶え絶え、あまつさえ肺炎も併発して、や

たら妄想が湧くわ、眠れないわ、死ぬような思いをしたが、今回はのどの痛みである。やっ

ぱり小さな妄想がわらわら湧いてきて眠れない、喉痛い。やっぱり死ぬ思いがする。


 どっちもその渦中では死ぬような思いをするが、しかしこうして苦しさの峠を越えてみれ

ば、”死ぬ思い”はちと大げさだったかな、と反省する。と共に、どうも近頃体力が急劇に落

ちているのではないかとも思う。落ち込んだところをコロナやインフルにしてやられる。



 この手の病気にかかると、回復まで4,5日、完全に寝込まなければならなくなった。さて

寝込んで夢から覚めるように世間を眺めれば、桜は咲いて満開になり、若葉はわらわら

芽吹いて日毎にぐんぐん伸び伸びと大きくなっているらしい。いつの間に観が強い。


 さてこれで、コロナ、インフルの2大ケタクソ悪しを体験したのだから、もうこの上はずう

~っとこの二つを無用にしてもらいたい。苦しまずとも好いのに苦しむ無駄、寝床に張り

突く時間の無駄、これを一掃して、爽やかな春の空の下を駆け巡らせたまえ。




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