先日、新河岸川の岸辺を団体で歩いた。
新河岸川は江戸時代の物流の動脈だった。埼玉の川越と江戸浅草を結んで、江戸から
は日用品や古着、金肥、川越からは穀物やさつま芋、木材などを船に乗せて運んだと
いう。そういう古い川筋なので、近くには昔ながらの建物や富士塚などが残っている。
まあそういうものを見たり、復元された「引又河岸」を眺めたりして、急に涼しくなった空
の下を楽しんできた。夕方になってときおり小雨がぱらついたりしたが、ほぼ曇りであっ
て、ああ! 秋がようやく来たなあ、と実感した一日だった。
今印象に残っているのは、野火止用水が新河岸川を乗り越えるという仕掛の、ジオ
ラマと、復原模型である。道路の端にジオラマを納めたガラスケースがあり、その上に木
製の復元模型が置いてあった。川を乗り越える仕掛けは実に巧妙で感心した。
その仕掛は、土手の上まで引いた野火止用水を下流の木製の背の高い枡まで流す、そ
して枡の中の水位が天井まで来ると、そこから更に下流へ流す、というふうに順次枡を使
って、枡の上端まで水を溜めれば、おおむね水位を維持したまま流せる、という仕掛だ。
もう一つ印象に残っているものがある。それは「白子貝塚公園」の縄文海進の地図と貝
塚の剥ぎ取り展示。海進の地図は公園の隅の大きなタイルに描いてあった。この時海は
関東平野のずいぶん奥まで(茨城の古河辺まで)入江だったんだなあ、と知った。
また、実は貝塚は発掘されたまま野外で野ざらしになっているものとばかり思っていた。
それがきちんと土まで付けて剥ぎ取り、無数の貝殻が層を成して堆積している状況を展
示している。わが想像力は極めて原始的でアホであったか、よくよく分かった。
ともあれ、新河岸川に秋が忍び寄って萩が雨に濡れている。
短い動画 (BGM、キャプション)
0 件のコメント:
コメントを投稿