一年暦日、特別だと意識する日はないけれど、冬至だけは別である。明日から陽の長さ
が変わり、世のなかが明るくなる日だという、特別な思いがある。春、秋の彼岸もまた何が
しか思うところのある日となっているが、冬至は特に思い入れが深い。
なんといっても冬至は、一陽来復、復活の日である。明日から少しづつ日脚が伸びて、
それにつれ陽射しもだんだん強くなって、と思えばどうしても嬉しくなる。寒さは後しばら
く続くけれど、なんと言っても太陽が復活せにゃあ、まずは話にならない。
これはもう世界的なことだから、地球上のさまざま地域でさまざまな祝祭が行われるら
しい。特に北欧では、極夜というトンデモな現象(下手するとこのとき欝になるという)があ
るそうだから、太陽の復活を待ち望む気持ちは、イカばかりであろうかと想像する。
それで日本では、この日に「カボチャを食う」(なぜカボチャか? よく分からない)、「冬
至粥を食す」(アズキの粥らしい)、「ユズの風呂に入る」(なぜユズなのか? )、などで祝う
ことになっている。なんだか訳が分からんものばかりだが、ま、それはそれとして。
かような次第で、太陽の復活を待ち望んでいるから、明日から陽の沈むころべランダに
出て夕日を眺めることにしている。あたりまえだけど、一日二日で目に見えるほど陽が伸
びるわけではない。ただそうしていると、お正月明けごろには、「ああ、伸びたよなあ! 」と
実感できるほどになって、ベランダは寒いけれど、こころは暖かくなる。
その季節を表すものは、古代中国由来と思われる「節季」というものがある。しかし、北
京と東京は随分緯度が違うだろうし、また気候も違うだろうから、どうなんだろうと思う。
それに比べ、冬至、お彼岸は太陽の動きだから、これは絶対、だからいいと思う。
こんなことを考えてるなんて、随分ヒマ人だよなあ!
冬至ですね!!
返信削除遂に冬至までに至りましたねえ。一年の、永いようで短いようで…
削除でも過ぎてしまえば1年も10年も共に同じように短く思えます。
ともあれ、来年も健やかに過ごされんことを。