家康の時代に開削された(1597年)農業用水だが、今は遊歩道が整備され川辺の散歩
道なっている。多摩川の稲田堤付近と登戸付近から取水し、稲毛領と川崎領にまたがっ
て、おおむね多摩川の流れに並行し、南東に流下している。延長距離32㎞。
この日はどこを向いてもキッパリと晴れ渡り、いたるところで花が咲き誇り、優しい風が
そよそよと吹いて、だれが何と言おうと春真っ盛りの一日、日ごろのこころがけがよろしい
らしい。休日ではなかったが、岸辺をそぞろ歩く人も多く、晴れて天下に春が来たのだ。
稲田堤付近の取水口から歩き始める。多摩川の河原の眺めが大変に美しい。青い水が
ゆったりと流れ、岸辺の土手は若草が萌え、土手には桜がこんもりを枝を揺らしている。
吹いてくる風さえ青く染まっているように感じられる。若者男女4人、もう裸でSUP。
用水路に沿って歩いてゆくと、川の中に小さな棒杭の堰や、水の分岐口が残されていて
昔を偲ばせる。ただこれらの大部分はもう失われてしまい、その記念碑だけが建っている
のが多い。川の中にも遊歩道が整備されていて、桜吹雪を浴びながら歩く人もいる。
向ヶ丘遊園駅付近から、登戸の取水堰へ行く。どちらの取水堰も多摩川本流に直行して
堰を作り、真横に水を引き込んでいる。二つの用水路はしばらく別々に流れ下り、久慈の
駅近くで合流している。ここからしばらくは登戸側の用水路を歩く。
先ほどの稲田堤側用水路と違って、川辺を大変きれいに整備してある。流れの上に平ら
な遊歩道があり、人々がぞろぞろ歩いたり、車座になって宴会したり、本格的な花見の宴
を開帳している。途中に川崎市緑化センターの公園があり、大休憩ができる。
そうして遂に、久慈の円筒分水までやってきた。水争いが絶えなかったので、昭和16年
円筒分水が造られた。二つの用水が合流して水かさを増した用水は、平瀬川の川底を潜
って先の方の円筒へ導かれ、そこで湧き上がって周りに平等に流れ、円周の切り欠きの比
率によって、必要な水路に必要なだけ分配されたという。
傾きかけた陽ざしの中で、大きな円筒分水は素知らぬ顔で静まり返っている。し烈だっ
たという水争いはこれにより解決したのだろうか。今はもう、円筒分水も、用水路そのもの
も、御用済み、特段の働きをしていないが、その歴史は積み重なっている。
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