齢を重ねると周りに人が減って無人駅の如くである。
ぽつねんとホームに立って周りを見渡せば、雪が降っていなくとも、寥々として寂しさが
身にしみる。遅れている電車はいつ来るとも知れず、いつまで待っていても近くに人の影
は現れない。齢をとるという事は、こういう事だったとは夢にも思わなかった。
しかし、と一方でまた考える。線路が引いてある以上、いつかはきっと電車は来る。ただ
待っていればいい。そうして車窓から暖かい灯影をにじませながら、寂しいホームに止ま
るだろう。そしたら暖房の効いた車内に入って、同乗者がいて、きっと安心する。
しかし考えてみると(…特別に考えてみなくても)、人は社会的動物であって、人の中で
暮らすようにできているらしい。しかしながら、その人の中には自分にとって好ましいこと
だけをしてくれるとは限らない。なにしろ、誕生して以来この方、戦争は無くならない。
それがしばしば煩わしくなって、「孤独がいい」などと贅沢をこいたりする(らしい)。そん
なことをこいたりもしてみるが、どうしても人は人の中でしか生きられないようだ。煩わし
いけれど、仕方がない、ここんところの兼ね合いが、実は難しいんだろうナア。
けれども「孤独がいい」などとわざわざ言いつのらなくても、齢を重ねるにしたがって、否
でも応でも孤独にならざるを得ない。育てた子供は大きくなってもう寄り付かないし、同
年の親類縁者も、はや年取ってきて一人欠け二人欠け、ふと気づくと居なくなっている。
孤独に生まれたからにゃあ、最後も孤独だ、と誰かが決めたわけでもないだろうが、どう
もそんな塩梅になっているようだ。そう思って、しかたがないからそこは諦めて、孤独の中
に何か楽しみはないだろうか⁉ なんだっていい、ほんのひとときの楽しみだけでいい。
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