2025/07/25

眠たげなラジオ体操夏休み

 


 せっかくの夏休みなのにラジオ体操だってさ。


 学校に行く普段よりだいぶ早起きしなくちゃならない。前の晩は夏休みが嬉しくてうれし

くて、ついつい夜更かしをしてしまった。だから朝はやくにたたき起こされて眠くて仕方が

ない。また夏の朝は、ぼんやりと暑く気怠く、体操なんてやってられない。


 どういうわけか、親の方がなんだか張り切っていて、そそくさと追い立てられるように校

庭に集まった。見慣れた友達も来ていて、それでもみんな気怠そうで眠たそうで、まるっき

り普段の元気がない。チェ、まったくこんな体操なんて親だけがやればいいのに。



 始まって、足を上げたり手を振り回したりしているうちに、なんだか少しづつ元気が出て

たようだ。体操が終わって、さあもう何も義務がない、学校に行かなくてもいい、解放だ

自由だ、と思ったら途端に元気いっぱいになって、友達となにして遊ぼうかと相談。


 ともかく、ご飯だ、腹減った、めし、めし。済んだら、さっき約束した友達と河原に遊び

に行くんだ。川原の林の中に、クワガタやカブトがいると友達が言っていた。捕まられると

いいなあ、わくわくするなあ。捕まえたら自分で世話して夏休みの間面倒見るんだ。



 友達が3人自転車で集まった。虫かごと網を持っている子もいる。これなら絶対捕まえら

るな、いっぱい獲ってみんなで山分けにしようぜ。でも、なかなか見つからないなあ、

虫はみんな学校や会社に行っちゃたんだろうか。虫も夏は夏休みにすればいいのに。


 遂に一匹も見つからなかったけれど、初めてだし、仕方ないなあ。このまま河原の土手を

自転車で走ろうと決まった。暑いけれど風が気持ちいい。知らない土手道をどんどん走っ

て、なんだか気分がいい。わくわくが止まらない。ゲームよりわくわくするよ。


 夏休み、サイコ~。




2025/07/24

小なるも辺り冷やして沢の滝

 



 

 見た目も涼しげだが、実際に涼しい。


 滝だと言えば、なにがなんでも見たい、という人もいる。遠き山道を、ものとも

せずに滝を見に行く。見てどうするかといえば、特段どうするあてもないようだ。

滝とは言えど、遠路はるばるなのだから、何か功徳がなければいけないと思う。


 滝の功徳はさまざまあるようだが、目で見て何かを感じるのと、頭からしぶきに

打たれて何かを感じるのと、まあこの二つぐらいが思い浮かぶ。滝の裏側に廻って

お籠りする、なんていう芭蕉の酔狂は、さて置いておく。



 どうせなら、華厳の滝なんて言わずに、世界のデカい滝を見たいと思う。デカけ

ればいいのかといえば、いいのである。とにかくデカければ、まずもって迫力があ

る。日本の滝は総じて、この迫力という点で及ばないようである。


 ナイアガラ、イグアス、ヴィクトリア(いずれも見たことも行ったこともないけ

れど)、まあ迫力の桁が違うようだ。落差がデカく、流れ落ちる川幅がデカく、そ

れで水の量が膨大、タダ流しておくのはモッタイナイような気がする。



 まあ生涯行けそうもない滝の話をしてもナンだから、閑話休題、話を戻す。山の

小さな沢に懸かる滝は、この世界のデカ滝に比べれば、子供のおもちゃみたいなも

のだけど、しかし夏などは実に涼しげである。実際にも涼しいに違いない。


 岩ばしる水が小さな水滴になり、空気中を漂って周りを冷やす、ということはあ

りそうな気がする。都会の中に大掛かりなミスト発生器など作らずに、こういう小

さな滝を幾筋も流したら、見た目も涼しく現実にも涼しいんじゃなかろうか。


 なんでもかんでも、とにかく涼しくないと死にそうだ。




2025/07/23

朝さんぽ急げいそげと蝉の声

 



 明け方5時ともなればもう陽がさしている。


 東の空から、「ウヒヒヒヒ、さあ今日もガンガンいってみようかぁ」などといい

ながら無情の日が昇って来る。そして河川敷の雑木林や段丘涯の森から、み~んみ

~ん、じいじい、しゅわしゅわと蝉の合唱が始る。


 背中から「ウヒヒヒ」に炙りたてられ、右や左から「み~んみ~ん、急げ急げ」

と蝉に急き立てられ、呑気に散歩などしていられたものじゃない。頭の中は帰って

からの冷た~いシャワーで一杯になるが、かといって早足になるわけでもない。



 だいたいの決まった時刻に散歩していると、決まった人と出会うことが多い。ひ

とりは60歳台位のおじさんで、マラソンマンである。苦しそうな表情で走って来る

が、どこか満足げな安らぎも見せている。Tシャツのに胸も背中も汗びっしょり。


 もう一組は、6,70台のおばさんと40代のお姉さんとのペア。この人たちは案に

相違して足が速い、す~っと音もなく抜かされる。かくてはならじと、必死になる

が、ひたひたとすぐ後ろに迫って来る。気がきじゃない。



 散歩で出会う人達も皆、蝉の声を聞いていることと思う。ああ! セミが鳴き始

めたなあ、とか、今年は少し早いんじゃないか、とか、そんなことを頭に浮かべな

がら、走ったり歩いたり、あるいはベンチに腰を下ろして聞きほれたりしている。


 西洋人は秋の虫の音を単なる騒音だというらしい。となると蝉の鳴き声はどうな

る? 大騒音だろうか、それとも蝉はまた別だ、というのだろうか。蝉しぐれを大

騒音だとは思わないが、散歩のときだけ急かされるのは、困ったものである。


 「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」(芭蕉)  




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