2025/08/21

涎掛け新しくして地蔵盆

 



 地蔵盆なんていうのは消えたんだろうか。


 子供のお祭りは絶滅したんだろうけれど、子を思う親の気持ちは決して絶滅しない。いつ

の間にかお地蔵さんの衣服が真新しいものに変わっている。赤い帽子と涎掛け、誰かが、子

供の健やかな成長を願いつつ、親ごころを発揮してチクチク針を運ぶのだろう。


 お地蔵さまは子供を守る仏だという。だから子供にも優しく、童顔であらせられる。そし

てちゃんと子供のように涎掛けをつけている。ところで、涎掛けというのは、これもまた絶

滅危惧種なんだろうか。近頃これを付けている赤ちゃんをあまり見ないような気がする。



 子供をお守りくださるのだから、地蔵さんはどこにでもいる。特に子供がよく遊ぶ道っぱ

や村境などで子供たちを見守っておられる。子供たちがワラワラいっぱいいれば、お地蔵

んもそれだけ多くなる。数ある仏様でも、お地蔵さんが一番数が多いのではないか。


 ところが近頃は少子化だという。子供の数が少ない、それに加えて、どういうわけか子供

外であまり遊ばなくなったという。だから地蔵さんが、これじゃ見守りがいがないナア、

嘆いておられるらしい。子供がワラワラいないと地蔵さんもリストラの憂き目にあう。



 それにしても、なぜ少子化なのだろう。親の目から見れば子供は無条件に可愛いし、生物と

しても子供は生まれるようになっている(と思う)が、世界中で少子化だという。なぜか? 

については、女性に聞いてみなければならないが、どうも爺さんは理解が及ばない。


 およそ40年も前、"Double Income NKids"(Wikipedia)という言葉がちらほらした

ように覚えている。このころからもう少子化の兆しがあったらしい。なにしろヒトの子はお

よそ15年間も面倒をみなければならない、それが大変すぎる、ということだろうか。


 お地蔵さんが忙しくなる日は戻って来るのか⁉




2025/08/20

うだる日もスイカ一片の涼味かな

 



 昔スイカは貴重な食べ物だった。


 なにしろ売っているのは真夏の1か月ぐらい、しかも、どかんとデカくて値段もそれなり。

特に育った田舎では採れない、どこか遠くの暖かい地方から送られてくるのだから、それ相

応の値段であった。ビンボー暮らしでは、ひと夏に一個買うのが精いっぱい。


 子供たちはなにしろ、あの真っ赤っかの実に言い知れぬ魅力を感じた。なんと言う旨そう

実だろう、なんと言う甘そうな実だろう、あれを腹いっぱい、げっぷが出るほど、際限なく

食いたい。なにしろ家族を押しのけてでも独り占めしたい、そう思ったものだ。



 なんといってもスイカは、そのまま実をガシガシ食うのがだいご味である。適度の厚みに

切ったやつを、あんぐり大口開けて、がぶりといく、しゃくしゃく、じるじる、無我夢中で

食う。これぞスイカの味、これぞ日本の夏、いやはや、うめえちゃ。


 日本はさすがお刺身の国である。なんでも”生”で食するのを身上とする。果物一般でもた

いがいそのままの姿で生食をする。これを絞ったりしてジュースなどにしてしまっては、よろ

しくない。ジュースなどにすると、だいご味という味わいがどこかに消えてしまう。



 日本のように、素材そのものの味、つまり生食をとても大事にする文化は少ないのではな

いか。たいていは素材をいじり倒し、味を重ね倒して、これが料理だ! と威張っている。

まあ、それはそれとして旨いのだろうが、日本はどうしてこうなったのだろう。


 一つには、長いあいだ肉食ではなく魚食であった、というのがあるかもしれない。肉はど

うしたって生では食えない。もう一つは、その国の食文化はたいてい宮廷から流れ出したも

のと言われるが、我が宮廷は、手間暇かけず案外質素だった、といえるかもしれない。


 生食、これが2千年の文化だ!




2025/08/19

雲の隙銀河のけむる山の宿



 

 まともに天の川を見たのはいつだったかなア。


 もう何十年も見ていないような気がする。天の川どころか、街の夜は星さえ見えない。わ

ずかに、薄ぼんやりと見えたとしても、それは数えることが出来るほど少ない。ひとつ、ふた

つ・・・どうにかこうにか、10個ばかりだろうか。至って寂しい夜空である。


 旅行記など読めば、人跡未踏、地球の果てのようなところに行って、初めて満天の星を見

る。それはもう、全天隙間もないほど星が煌めき、薄く曇ったような天の川が大空をよぎ

る。星を数えるどころの騒ぎじゃない、下手すると押しつぶされそうだ、と書いてある。



 それを見て人はたいてい、わあ~と声を上げる。そしてたちまち黙ってしまう。わあ~以

外は言葉にならないらしい。黙ったまま星空を仰ぎ、そこで初めて宇宙を思うのだろう。宇

宙にはこんなにも星があるのだ、それも見えているのはほぼ銀河だという、何だこりゃ!!


 銀河とくれば、天の川みたいなのが数えきれないほどある、ということになる。どう見て

も想像が追いつかない、想像、妄想、空想の埒外に宇宙はある。もし天の川銀河の端から端

まで行ってみろ、ということになれば、どういうことになるんだ⁉



 まだ火星にも人は行けていない、それなのに天の川の端から端まで、なんて何処の誰がほ

ざくんだろう、冗談にもほどがある。とてもじゃないが、宇宙なんてこの頭では到底考えら

れない、だからもう面倒くさい、あんなもの無いことにしちゃえ。


 と思うがどっこい、この広い(広いの概念が違う)宇宙に、生き物がいるだろうと探して

いる人もいる。広いんだから、星が死ぬほどあるんだから、宇宙人だっているだろうと。し

かしなかなか見つからない。という言ことは、地球は宇宙の奇跡の星だろうか。


 奇跡の星で、殺し合いをやっている場合じゃねえ!




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