2025/09/16

雲去って三方五湖には秋の水

 



 本来の秋雨前線らしく天気がぐずぐずしていた。


 しかし三方五湖の山道を登るときには運良く晴れあがってくれて、ほんとにきれいな湖

を見ることができた。左前方の淡い水色は、あれは紛れなく日本海の波なのだが、それに

比べ、手前の湖の色は形容しがたい水の色を見せている。ここから五つの湖全部が見渡

せたわけではないが、この光景を見て十分満足した。


 三方五湖、それはとてもきれいな湖沼群なのだと聞いていた。それで前々から一度は見

みたいという望みがあって、ちょうどこのとき、遥か出雲まで、オヤジ3人車で行く途中

あった。山陰の9月はやはりはっきりしない天気が多いと言われたが、この時ばかりは

っきりとよく晴れ、眼下に広がる群青の水や、遥か日本海の浜辺がよく見えた。



 三方五湖を地上から見たのでは、湖の周りの草しか見えない筈だから、どうしても是が

非でどうあっても、どこか上から眺め下ろす必要がある。が、その山道に入る入口が分か

らない。カーナビでも見付けられないものはあるらしい。しょうことなしに店のおばさんを

煩わし、聞いたところとても親切に教えてくれた。


 あのおばさんは(と言ってもまだ40代ぐらいだったが)、いまどうしているだろう。今も元

気で店番をしているだろうか。おばさんの語り口はゆったりとして急がず、細かい点まで

忙しいかもしれないが、嫌がらずに教えてくれた。おばさんの話を聞きながら、われらのは

やる気持ちや焦りがす~~っと消えてゆき、すっかり落ち着きを取り戻した。



 どうも山陰の人はゆっくりと丁寧に話すようだ。太平洋側の弾けるような早口では、なん

だか喧嘩を売られているように感じるが、こっち側の人は別段焦りもしないし、めんどくさ

がる様子もない。この後砂丘で出会ったご夫婦も、ゆったりと落ち着いた話しぶりだった。

こっちの人たちは、どうやら、人生を急がないらしい。時間もゆるりと流れているようだ。


 三方五湖の山道を登って、駐車場がある場所から眺め下ろしたのだが、どうやらこのさ

らに上に展望広場なる「天空テラス」なるものがあるという。ただし、ひとりセンエンだとも

いう。我らはそのセンエンをケチった。若え娘っ子じゃあるまいし、テラスでお茶などしなく

ても別にいい。ここからのこの眺めだけで十分なのだった。


 出雲は遠く、思い出すことは多い。




2025/09/15

夕月や旅の宿まで付いて来い



 

 なんだか随分久しぶりに月を見た気がする。


 ここへきてやや凌ぎやすくなって、ふと空を仰いだら薄い夕焼雲の向こうに月が照って

いた。そうか、いたのか月が、どこかへ行ってしまったかと思っていたが、いたんだね、相

変わらずに、まあこれから秋だから、安生よろしく。と挨拶したけれど、毎日毎夜、猛暑

苦しめられ、月を見る余裕などなかった、ということか。


 どういうわけか知らないが、月の晩に歩いていたりすると、月がどこまでもどこまでも付

いてくる。どうも離れようとしない。ついついこっちも、月と同行二人という気になって、旅

の夕べを二人で歩いているような妄想が湧き、なんだか楽しくなる。まあ蚤の心臓の持ち

主だから、夜道に迷って宿を探す、なんてことはめったに無いのだけれど。



 それにしても昔の日本人は、月に対して随分思い入れが強かったようである。月の呼び

方がうんとある。三日月や満月ぐらいならわかるけれど、二日月、十三夜月、小望月、十

六夜月、立待月、居待月、寝待月・・・などと来た日にゃあ、なにがなんだかチンプンのカン

プン、ただ「ツキ」と言えば済むものを、なんでこんなに細かく分類するんだ?


 なにぶん平安貴族なんて人達は、不労所得者、いっかな働かずに悠悠閑々、優雅な暮

らしを楽しんだ。ゆえに死ぬほどは暇だったはずである。なあ~んもすることがないから、

まあ月でも眺めてのんびり暮らしていたのだろう。それゆえに、こんなにたくさん月の呼び

名があるに違いない。それを便々と受け継ぎ守ってきたのだから、これもエライ!



 そんなに細かく月を眺め、恐ろしいほど暇だったら、日本で暦(陰暦)を発明してもよか

ったのではないか。どうでもいいような月の呼び名など考えていないで、観測し、計算し、

そうして暦を発明すればよかったのに。どうもご先祖様は、そっちの方にはいっかな関心

がなかった、という事なんだろうか、それともそんな野暮は扱わない、という事か。


 せめて暦を発明していれば、大いに威張ることができたはずだ。そしてみっちりと自慢で

きる。このごろ、日本人がなにか偉業を成し遂げてほしいと、ひたすらに思う。実質的に、

日沈む日本があからさまな時代だから、よけいにそう思うのかもしれない。世界に向かっ

て、どうだ! 日本人はこんなにエライのだゾ、と大威張りしたいと思う。


 誰か大威張りさせてほしい。



2025/09/13

秋の夜は澄んだ地酒を一人旅



 

 新潟の旅の思い出がある。

 

 八海山のふもとを巡ってから、夕刻になって低い峠道を恐る々々走って十日町に着い

た。まだ少し明るかったので、その辺りをぶらぶら散歩してみたが、人影も少なく寂しい街

並みが続いている。一本の線路が遠い山の方から伸びてきて、街並みを突っ切って、どこ

かまた遠くの方へ続いているらしかった。


 夜になってから、街の中心と思われる商店街に行ってみたが、ほとんどの店が戸を下ろ

して、暗い侘しい街灯がところどころを影のように照らしている。むろん歩いている人など

ついぞ見かけない。惻々と旅情が湧いて来て、どこかで一杯、と思ったが、居酒屋さえ見

つけるのが難しい。ようやく明かりがついている一軒を見つけて入った。



 ほかに客はいず、暗い灯影のカウンターに座ってコップ酒を一杯飲んだ。亭主は無口な

のか、なんだかしけた顔で動いている。この街はどこへ行っても、この暗い影が付きまとっ

ているのではないかと思われた。陰気で静かなときが過ぎてゆく。なにしろ、この居酒屋に

も、表の通りにも、まったく人の気配がない。


 少し酒が回ってきたので、この街の特徴はなんだろう、と聞いてみた。亭主は暗い顔の

まま、まあ、雪だナ、雪なら売るほどある、それともう一つは織物かなぁ、と言った。しかし

雪はともかく、織物も近年は不振で話にならないそうだ。どこまで行っても話は至って不

景気だ、だんだんにこっちまで詫びしくなるばかり、それで店を出た。



 なんだかつまらないなあ、と思いながら知らない街角を曲がったら、また一軒明かりが

ついた店があった。なにやら料亭のような構えの店である。高いんじゃないかナ、と思った

が、他に店がないから仕方がない、思い切って入ってみた。小さなカウンターが一つあっ

て、奥の厨房にはおじさんが忙しそうに料理を作り、おばさんが4,5人いる。


 さっきの店よりだいぶ賑やかそうだ。奥の部屋に宴会が入っているらしく、あまりこっち

を相手にしてくれない。隣にひとり、影のような男がビールを呑んでいた。地酒を、という

と八海山が出てきた。目の前に茶色の羊羹みたいなものがある。なんだ、と聞いたら、な

んとかいう海藻を固めたものでこの辺りにかない、というので食ってみた。


 なるほど、なんとかいう海藻は磯の香り芬々で珍しくそして旨かった。もう一杯、このあ

たりの地酒を、というと、確か「田鶴(たず)」と言ったか、それを出してきて、ちょっと高い

が旨いよという。呑んでみたらこれが素晴らしく旨かった。きれいな沢水のようにすっきり

した味で、まったく雑味がない。なんだか急に元気が出てきたように気がした。


 いっぱいの地酒のおかげですっかり元気になって帰った。




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